僕の後輩

笠井菊哉

第1話

終業後、会社近くのカフェバーで、同期入社のサコタ、後輩のカンザキ君と飲んでいた時である。

「ヨシザワさん、絶世の美女と交際しているというのは本当ですか?」

カンザキ君に不意に訊かれた。


彼女のミドリカワサチエは、「絶世の美女」かは分からないが、美人の部類に入ると思う。


ラブレターをもらったりで食事に誘われたり、ナンパされるなんて日常茶飯事。


それなのにサチエは

「彼がいるから」

誘ってくれる男性を、そう言ってきちんと断っているらしい。


僕には勿体ない女性である。


そう言うと、カンザキ君が

「いいな~。俺、ミドリカワさんに会いたい。呼んでください」

と言い出した。

するとサコタも

「俺も久しぶりにサッちゃんに会いたい。呼んで」

騒ぎ始めた。


今夜、僕達は三人で手掛けた仕事が終わり、上司に褒められた打ち上げとして飲んでいる。

それに男性しかいない集まりに、女性を呼んでいいものか。


一応サチエに連絡をすると

「いいよ、行く」

という返事。

「私も久しぶりにサコタ君に会いたいし、『変わり者のカンザキ君』にも会いたい」

サチエが言った。


そう、カンザキ君は、少し変わった奴である。


顔も声も仕草も可愛らしくて、女の子なら同性から

「ぶりっ子」

と言われ、100%の確率で嫌われていたと思う。

しかし、カンザキ君は仕事が出来るうえに、国立大学国際教養学部出身で、ニューヨーク、ザルツブルク、パリ、北京に短期留学していたから語学力も堪能。コミュニケーション能力もずば抜けて高い。


カンザキ君が入社してきた時は

「苦手なタイプだなぁ」

と敬遠していた僕も、

「ネトゲが趣味」

という共通点があると知ってから仲良くしている。

昼休みになると、

「課金せずにレベルを上げる方法」

について話している。


そうしている内に、サチエか到着した。

カンザキ君は、サチエの美貌に驚いたようだ。

サチエも可愛いカンザキ君を気に入ったらしく、二人はファッションの話題で盛り上がっている。

こうして終電間際まで飲んだ僕達だが、その夜から、少しおかしな具合になってきた。


翌日から、カンザキ君は

「ミドリカワさんって本当に綺麗な方ですね」

を連発し、サチエもサチエでカンザキ君を褒めちぎる。


カンザキ君から

「ヨシザワさんの好きなブランドを教えてください」

と訊かれたのも、その頃である。

それでよく行くショップを教えると、彼は僕と似たような副を着るようになった。


ある週末、サチエとのデート中に

「カンザキ君から頻繁に連絡が来る」

と打ち明けられた。

どういう事かと訊くと、あの夜、二人はLINE ID とメールアドレスを交換した。

サチエから

「レイジの事で相談に乗ってもらう事があるかも知れないから」

軽い気持ちで訊いたらしい。

そしたら毎日LINEやメールが来るようになり、それだけでなはく、たびたび家までつけられる事もあるらしい。


「ごめんな、怖い思いをさせて」

後輩の代わりに謝った。


週明け、それとなくカンザキ君にその事を話し、もうサチエに連絡しないでと頼んだが、カンザキ君は変わらずサチエに連絡をしているようだ。


可愛いカンザキ君からの熱烈なアプローチに、サチエもその気になったようで、

「ミドリカワさん、『レイジと別れたら付き合ってくれる?』とか言ってますよ」 

カンザキ君から聞いた。

信じられずにカンザキ君の顔を凝視すると、カンザキ君は

「それに彼女、『レイジが一流大学を出て、一流企業に勤務しているから付き合っている。本当に好きな訳じゃない』なんて言ってます」

何故か顔を赤らめて教えてくれた。


昼休み、恥を忍んでサコタに相談すると、

「それ、腹を割って話し合った方がいいぞ」

と助言をもらい、早速カンザキ君を捕まえて

「この間の店で飲まないか?」

誘ったら、カンザキ君は二つ返事でOKした。

サチエの承諾も取ってある。


何も知らないカンザキ君を連れて先日飲んだカフェバーに行くと、サチエは既に店にいた。


修羅場が待っているとは、思わなかったのだろう、カンザキ君もサチエも顔面蒼白である。

構わずに

「どういう事?二人はぼくを裏切っていたの?」

二人に訊いた。

しばらくの間、黙っていた二人だが

「ごめんなさい」

サチエが沈黙を破った。

「レイジを裏切るつもりなんて、なかったの。でもカンザキ君のアプローチが熱心で、心が動いてしまって。私、カンザキ君と正式に付き合いたい」

そう言って、サチエはハラハラと涙を流した。するとカンザキ君が

「ふざけるな。ヨシザワさんは肩書きと収入しか好きになれないと言ってたくせに」

低い声で、サチエに言った。

今まで聞いた事のない、ドスの利いた声に驚いていると

「俺が好きなのは、アンタじゃない!ヨシザワさんだーーーー!!」

店の中心で彼は叫んだ。


思いがけない展開に、僕の思考回路は一瞬ショートした。

サチエの涙も引っ込んでいる。


そんな僕達を尻目に、カンザキ君は涙ながらに話し始めた。


入社してすぐに、僕に一目惚れをした。

告白を考えた時、同僚から

「ヨシザワレイジは絶世の美女と付き合っている」

と聞き、やめた。

それでも僕に気に入られたくて仕事を頑張り、ネトゲも本当は好きではなかったが、共通の話題がほしくて本を読み、動画を見て勉強した。

国際教養学部出身で、短期留学経験もあるから語学に自信はあったが、部署の飲み会で僕が上司と

「韓国語が出来る人がいると助かる」

と話し合っているのを耳にして、オンライン講座を受講したり、市販の教材を買い込んで韓国語をマスターした。

同じブランドの服が着たかった。

一緒に飲んだあの夜、

「絶世の美女」

と言われた彼女の存在が気になり、会いたいと駄々をこねた。

実際に会うと、本当に綺麗な人なので驚いたが、話してみると、性格に難のある人ではないか、と思い始め、連絡先を訊いてきたのでそれは確信に変わった。

案の定、サチエは僕の肩書きしか見ていない事が分かり、腹が立った。

僕の泊まりがけの出張中に跡をつけたら、色々な男を連れ込んでいるのを見てしまい、これは別れさせなくては、と決意した。

それで一日百件以上のLINEやメールを送ったのに、何故か自分に好意を占めずようになり、生まれて初めて女性を本気で殴りたいと思った。

自分の方が僕を好きなのに、ただ異性というだけで僕と交際しているサチエには嫌悪しか感じない。


そこまで一気に話すとカンザキ君は、テーブルに伏して

「わーん」

と泣き出した。


カンザキ君の話を聞き終えた後、サチエが

「私、このままレイジと付き合いたい」

などと言ったので、カンザキ君はまたドスの利いた声で

「アンタみたいな下衆な女はヨシザワさんに相応しくない。失せろ」

と言ったので、サチエは黒のバーキンを掴んで逃げ出した。


それからまた、カンザキ君は泣き出した。

子供のように泣く彼を、放っておく訳にはいかず、

「恋人には出来ないけど、友達として仲良くしよう。今度、一心にゲームのオフ会に行こう」

と言うと、カンザキ君は笑顔を取り戻し、可愛い顔で頷いた。


帰宅後、サコタから

「話し合った?」

と連絡が来たので

「誰にも言うなよ」

前置きしてから、カフェバーでの出来事を話すと

「やっぱりね」

という返事が返ってきた。

サコタは、カンザキ君の言動から、彼の僕への思いに気づいていたらしかった。


カンザキ君をオフ会に連れて行くと、持ち前のコミュニケーション能力で、あっという間に馴染んでしまった。

ゲーム経験はないのに、知識だけは豊富なカンザキ君に、仲間は首を傾げているが、その理由を言えずに僕は困ってしまった。


サチエと別れて、仕事に集中出来るようになった僕は、海外事業部部長に抜擢され、カンザキ君は部長補佐に出世した。

僕は勿論、カンザキ君も、同期入社では一番乗りの出世である。


僕らのような若手社員が部長、部長補佐に就任するのは創業以来の快挙なので頑張るように、と役員の皆さんに励ましてもらった。


その言葉に応えるように仕事を頑張った結果、業績は鰻登り。

近い内に役員入りするのでは、と噂され、とても楽しく仕事をしている。


ただ時々、カンザキ君が艶っぽい目線を送るのには困っているけれど。





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僕の後輩 笠井菊哉 @kasai-kikuya715

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