第2話 彼女の家庭事情といきなりな別れ
「お帰りなさい、
笑顔を浮かべて、さっきのことをからかってくる。
「べ、別にデートじゃないよ。湊君とは友達!」
そう誤魔化す私。
彼にとっては、本当にただの友達なのかもしれないけど。
「無理やりごまかさなくてもいいのに。私は応援してるわよ」
お母様はやっぱり私と湊君が付き合っていると思っているらしい。
別にいいけど。
それから少し待つと、夕食ができていた。
今日の夕食は、やけに手が込んでいる。
生パスタをバジルソースで和えたものに、じっくり煮込んだスープ。
それと、一晩寝かせたローストビーフに、緑黄色野菜のサラダ。
「何かいいことでもあったの?」
ここまで手の込んだ料理は久しぶりだ。夫婦仲が冷え切ってからは。
「ようやく、あの人が明日出ていってくれるからね」
心底ほっとしたように言うお母様に背筋が凍ったような気持ちになる。
「え?
ほんとに聞きたかったのはそんなことじゃないのだけど。
「あの人もさっさと出ていきたいんですって。ほんと、せいせいしたわ」
欠片ほども情の篭もらない声で冷徹に言うお母様に何も言えなくなる。
「そっか……」
何を言えばいいのかわからず、とりあえず相槌を打つ。
「これからの生活は大丈夫だからね?あの人から慰謝料はもらってるから」
何を勘違いしたのだろうか。そんな的はずれな心配をしてくるお母様。
なんで、いきなり慰謝料がどうとかの話になるの?
「部屋、戻る。さっきから、体調悪くて」
それ以上変な話を聞きたくなかったので、誤魔化して部屋に戻る。
「お金だけあっても仕方ないよね」
そんな事を独りごちる。
私の家ははっきり言って裕福だ。
まず、二階建ての、それもかなり広い一軒家だ。
私やお母様、お父様の部屋、応接間、複数の来客用の部屋まである。
お父様は大手飲食チェーンを経営する会社の社長。
お母様もそんなお父様を影でずっと支えていた。
お母様もお父様もいつも仲が良くて、そんな我が家の事を自慢に思っていた。
それが崩れたのはつい数ヶ月前の春。
帰って来たお父様が「ただいま」の一言を言わなかったのを見咎められたのだ。
◆◆◆◆
「「ただいま」の一言くらい言って欲しいんだけど」
食卓でお父様の帰りを待っていた私は、その声にビクっとなった。
「悪かったよ。ただいま。ちょっと会議が長引いて疲れてたんだ。許してくれ」
お父様の顔を見ると、たしかに疲れの色が見えた。
だから、私は、ただ、大変だな、と思ったのだけど、お母様はそうじゃなかった。
「なに?そんな言い訳して。「ごめん」の一言で済ませればいいじゃない!」
どうやら、お父様の一言が癪に触ったらしい。
「いや、それが言い訳って、なんで難癖つけるの?」
露骨に苛立たしそうな声。
お父様も疲れたところにそんな事を言われて嫌だったのだろう。
「お父様、お母様、落ち着いて。ささいな行き違いじゃない?」
そうとしか思えない。だけど。
「「子どもは黙っていなさい」」
その言葉に二の句が告げなくなった。
「だいたい、最近のあなたはいつもそう。言い訳ばっかりして」
「最近っていつだよ」
「一ヶ月前に、「ただいま」を言わなかったことあったじゃない?」
「それはもう決着がついた話だろ。いつまで蒸し返すんだ?」
喧嘩は激しくなって行って、その夜は決着がつかないまま終わった。
それからは、毎日のようにお互いを詰り合う言葉の応酬が続いた。
数年前のいざこざをお互いに蒸し返してお互いを責め合う不毛なやりとり。
そんな事が一ヶ月くらい続いたある日。両親は離婚を決めたのだった。
◇◇◇◇
「明日で、こんな日々とはさよならか」
部屋の中で、つぶやく。
言いながら、不思議とほっとしている私がいることに気がつく。
もう、不毛なやり取りを見ないで済むんだと。
でも、そう思ってしまう自分をまた嫌悪してしまう。
二人が仲直りをしてくれるのを願っていたはずなのに。
気分が沈むのを感じて、首をぶんぶん振る。
いけない、いけない。そういえば、湊君はどうしてるかな?
ぷるるる。ぷるるる。思いついたら、反射的に彼の番号を押していた。
「もしもし、湊君?」
彼が出てくれたことに少しほっとする。
こんなこと、誰に打ち明ければいいかわからなかったから。
「どうしたんだ、澪?」
とても心配そうな声。突然、電話したせいだろうか。
「あのね。お父様が、明日家を出ていくことになったの」
「どういうことだ?離婚はもう少し先のはずじゃ」
そう。ついさっきまで私もそう思っていた。
「先にお父様が出ていくことにしたの。急に決まったみたい」
なんでだろう、と思う。同時に、やっとか、とも。
「大丈……いや、そっか。辛いな、ほんと……」
慰めてくれる声に、少し心が軽くなるのを感じる。
「ほんと、なんでだろうね。ちょっと前まで仲良しだったのに」
言っている内に涙が溢れてくるのを感じる。きっかけは些細ないざこざ。
それが離婚にまで発展するなんて、思っても見なかった。
「そうだよな。ほんと、仲が良かったもんな」
湊君は私の家に昔から遊びに来ていたから、そのことはよく知っている。
「湊君も、こんなに辛かったのかな」
二年前、彼の両親が離婚したときのことを思い出す。
彼は、辛い所を全然見せずにいたけど。
「俺は……少しは。親父の自業自得だったけどな」
そう言ってはいるけど、お父さんの事を悪く思っていないのはよく知っている。
「そっか……強いね、湊君は」
きっと、私の所と同じように不毛な夫婦喧嘩があったに違いない。
でも、そんなことをおくびにも出さずに、日常を過ごしていた彼。
そんな彼に比べて、なんて私は弱いんだろうと思う。
気がつくと、涙がぼろぼろと目から溢れていた。
「お。おい。泣いてるのか、澪!?」
「ううん。泣いてない」
泣いているのを見られるなんてかっこ悪い。
だから、そう言って誤魔化す。
「どう見ても泣いてるだろ。20:00に近くのレニーズ……いや、
「え?」
彼が指定した場所は、子ども向けの遊具がある小さな公園だった。
でも、最初に言おうとしたファミレスチェーンでも良かったのだけど。
「別にレニーズでも……」
「あんまり聞かれたくないだろ?そういう話。だからだよ」
そんな事まで気遣ってくれたのが、少し嬉しくて、泣きそうになる。
「うん。じゃあ、これから準備するね」
悲しいのとほっとしたのと嬉しいのが同居して、よくわからない気持ちになる。
「ああ、また後で。ゆっくりと来いよ」
そう言って、電話が切られた。
さて、準備しないと。
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