再会の意味 4

「あの日……あなたは私を見捨てて生き延びたんじゃない。私に突き飛ばされたのよ」


 なんだ、それ。


「そんな見え透いたウソを」

「ウソじゃない。私は、あなたが背負う罪を取り除くために今日を用意した。苦しんで、死を望むあなたを見た。私の死が、あなたを道連れにしかねないと知った。だから……だから、、って思った」

「いや……いや、いやいやいや、そんなことは信じられない。最初から間違い……? そんなことはない。僕はあのとき、確かにしのぎを、見捨てて……」


 しのぎが首を横に振った。

 その仕草だけで、僕は言葉を失った。なにをしても、彼女は譲らないだろう。なにをしても、彼女はもう一度死を選ぶだろう。

 ここまで感情をむき出しにしたところなど初めて見た。同時に、どこまでも本気であることが窺える。


「もう一度あの日と同じ選択権を得る。それが私に与えられた一度きりのやり直し。最初は迷ったわ。タスクが生きることに疲れているのなら、それを終わらせることも救いなんじゃないかって。でも、結局は同じ末路を辿ると決めた」

「……どうして」

「夢で最初に会ったとき――あなたはすでに、生きたいと願っていたからよ」


 僕が、生きることを願っていた?

 いつ、どこで。

 友人に報復される夢から覚めたときも、仏壇の前でしのぎの死を思い出すときも、岸川や甘坂、花宮に罵られるときも、僕は死ぬことを願っていた。生きたいとことはあっても、ことはなかった。

 『もしここにいるのがしのぎだったなら』

 『もし死んだのが僕であったなら』

 そんな想像を、どれだけ繰り返したことか。

 ノイズの影が顕れてからも、ずっと考えていた。僕が死ぬことで、行方不明者もいなくなるのではないか。こんな不可解な現象など起こらなくなるのではないか、と。


「僕がいつ……そんなことを願った」


 知らず知らずのうちに、固く握りしめた拳にチカラが入る。

 そんな僕を、しのぎは見透かしていた。

 しばらく無言で見つめていたが、宥めるように核心を突いてくる。


「本当は、気づいているのでしょう?」

「……」

「目を逸らすのはやめなさい、タスク。あなたは私の弟なんだから」


 弟。弟か。

 そう呼ぶ声は聴きたくない。

 それはつまり、僕に対する好意を諦めたと同義だ。生きる選択を捨てた証拠だ。別れることを決めたゆえの呼び方だ。まるで、後に託すような。


「違う。違う! 僕にはもう、生きる理由なんて――!」

「これでもそう言える?」


 ハッと、持ち上げた視線の先で、しのぎが一歩横にズレた。

 逆光のように照らしていた夕陽を遮っていた人影が消える。その眩しさに目を細め、先を睨む。


 誰かが、立っていた。


 僕としのぎを分かつ、黒と黄色の境界線。

 血の花を咲かせたトラウマたる線路。

 そしてさらに引かれた一本の遮断機。その向こうに。


「――、」


 小柄で、見覚えのある制服姿で、必死に何かを叫ぶ表情。

 懐かしいポニーテールなどなく、髪は解かれている。服も乱れ、汚れている。それでも目蓋に刻まれた心残りが、僕を呼んでいた。


 景色がにじんだ。

 自分でも分からない、我慢のできない何かが込み上げてきて。熱く目からこぼれるのを止められない。


 線路の先から二対の光が近づいてくる。

 辺りに響く振動は徐々に大きさを増し、最後の瞬間を指し示す。


「しのぎ……君は、卑怯だ……」


 どちらも選べないまま、しのぎに手を伸ばす。

 それを優しくはね除けて、笑みを向けられる。


「今更ね。思い知ったでしょ? 私、好きなヒトのためならどんなに汚い手でも使うのよ」


 やめろ。

 なぜそんな強い笑顔ができる。

 行かないで。行くな。

 僕はもう、あんな光景は二度と見たくない!


「あなたに罪はない。私を救う必要はない」

「――、あ、」

「死を選ぶのは許さない。夢の中でさえ、命を軽んじてはならない」

「っ! や、め」

「私が首を絞めた意味、死ぬ恐怖を見せた意味。そのすべてはあなたのために。あの子のこと、大切にするのよ」


 指が空を切る。

 オレンジ色と赤色の世界に、閃光が差す。けたたましいサイレンに僕の叫びが上書きされて、塗りつぶされる。


「――、さよ――ら」


 笑顔が消えていく。

 次第に目を閉じていく彼女が、スローモーションのように離れていく。

 涙越しに見る狭間の光景は、夢で見た影法師よりも揺らいでいた。花の丘よりもうるさくて、深い空より薄暗い。耳に残るしのぎの声は、絡み合った雑音でめちゃくちゃになって、薄れていった。



『タスク』



「しのぎッ」


 紡がれた声を最後に。

 追いかけようとした目の前を、横なぎに車両が通過した。

 グシャッと生々しい音が弾けて、赤い花が咲いた。鉄の匂いと吐き気、底なしの絶望が襲いかかる。

 心の奥にあった大切なものが壊れる瞬間を、もう一度目の当たりにする。

 重々しい車輪の轟音が規則的に響き、夕陽を遮る電灯がチカチカと視界を侵す。五年前のトラウマが再生され、心の内側からひび割れる。亀裂が走る。


 あの日の結末をなにも変えられないまま、僕は同じ惨劇を辿った。


「……いて、かないで」


 なにもできなかった。

 彼女を救えなかった。

 世界を、変えられなかった。


「ひとりに、するな――」


 僕は、ゴウン、ゴウンッという音が待ち受けるその先に足を、

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