再会の意味 3

「しのぎ……?」

「……」


 微笑んでいたしのぎが、静かに表情を歪めていた。


「しのぎ!」


 強引に引っ張っても、その場を動こうとしない。

 さっきまで浮かべていた微笑みをウソのように消し去り、唇を噛みしめ俯く。

 苦渋に満ちていた。


 ふざけるな。

 ふざけるなよ、この可能性を考えなかったわけじゃないが、まさか本当にするつもりか……?


「なんでそうなるっ!」


 その選択は許さない。

 友人が、親が、世界が望んだのは君だというのに、それを裏切るなんてことが認められるか!


「――、ッ!」


 本気で引っ張ろうと肩をつかんだ僕の手を、しのぎはついに振り払った。

 遮断機が動き始める。

 踏み切りの両側にある装置が、駆動音を放ちはじめる。


「しのぎ、なんで」

「まったく、世話の焼ける弟なんだから」


 弟。

 僕のことをそう呼んだ意図を悟って、受け入れたくなくて、もう一度手を伸ばした。


「待っ――」


 トン、と。


 俺を突き放すしのぎ。

 降りきった遮断機の向こう。薄く微笑みながら夕陽にかげる彼女を見て、僕はなにもできない。衝撃で立ち尽くしていた。

 カン、カンと鳴り続ける音。オレンジの背景に交互の赤。

 あいだに黒と黄色の境界線が降りたことで、焦燥感が絶望に変わる。


「タスク、気づいてる?」

「なに、を」


 陰を落とす表情は、なにかを堪えている証だった。生前にも見せたことのない、どうしようもなく人間らしい感情の発露。眩しかった『御宇佐美しのぎ』という存在が、今は想像以上に近しかった。

 親に認められて、友達にも人気で、すべてを知っている風に生きる――そんな完璧なしのぎは、居ない。

 苦しそうにしながらも、重い口は開かれる。真実を言葉にする。

 僕はただただ、言葉を聞き取り理解することに努めた。



「あなた、生きたいのよ」



 告げられたのは、百も承知の真実。

 当たり前だ、僕は生きたい。例え必要とされなくても、姉と比べられて、自分が期待されていないとしても、生きたい。


「それでも、居なくなるのは僕であるべきだ!」


 強く否定した。感情のままに声を荒げていた。

 つぐないを覆すことは許されない。誰あろう僕自身が許せない。

 思わずしのぎの肩を掴んで訴えかける。言い聞かせるつもりで、説得しようと試みる。

 すでに遮断機は降りてしまった。だがまだ時間は残されている。あの日の記憶が、まだ間に合うことを教えてくれる。


「僕なんかより、しのぎが生きるべきだ! 友人も、親も、誰もが君を望んでいた! 僕でさえも!」


 それでも、しのぎは表情を変えない。


「生きるのに相応しい君を殺してしまったんだ、僕は! だというのに五年も生きてしまった。本来許されるべきじゃないんだよ! しのぎは僕を恨んで、僕を呪うべきなんだ!」


 それでも、しのぎは意思を曲げない。


「夢みたいに僕を――ゆ、め……?」


 夢みたいに僕を呪うべき――そう口にしようとして、違和感に気づく。

 『助けて』。

 手を伸ばして、ノイズの音をこぼしたあの影は、おそらくしのぎと同一人物だったということだろう。だとすれば。

 しのぎの真意に至り、震える手がそっと離れた。


「……そう。ぜんぶあなたの勘違いよ」

「どこ、から……?」


 カラカラに乾いた喉が、水を求める。

 僕のなかにある『正しい基準』が、音を立てて崩れていく。


 ノイズまみれの『助けて』という言葉。

 首を絞める手。


 ――、いや、まさか。


「最初から」



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