取り戻すもの、手放すもの 6
熱心に掃除をはじめたお婆さんを尻目に、私は例の鳥居の前にさしかかった。
結局、お婆さんの言う『呼ばれてる』というのがどういうことなのかは聞き出せなかった。とにかくいつもとは違う何かが起こっているのは確からしい。ヘビの像の目が緑色に変わっているのはきっとその証だ。そして、あの像が守るように佇むこの祠には、なにかがある。直感がそう告げている。
紅い色の塗装が経年劣化で剥げ落ち、くぐる者を試すかのように待ち受ける門。それを見上げて気を引き締めると、私は一歩、敷地へと踏み入った。
「――、」
その瞬間、空気が変わった。手の汗を
……先輩と来たときとは、明らかに違う。
肌で感じるのは、今、再び奇妙な空気に晒されているということ。初めて影と遭遇した感覚にも近い。自然の摂理から外れ、常識とかけ離れた沼に浸かっていく、息の詰まりそうな気配だ。誰かに睨まれているようにも感じられ、無意識に足が震える。それでも、振り返ることは許されない気がして、歩みを進めた。
ゆっくりと、けれど確実に、緊張は高まっていった。祠の御前までくると、冷や汗は止まらなくなっていた。
「は、ぁ――」
なにを、するべきだろうか。
ここまで来てしまったが、実際にどうすればいいのかは分からない。とりあえず、周囲を観察してみた。
石造りの柵で囲まれ、祠の他には一本の松。ただでさえ暗いというのに、松はさらに暗い陰をつくりだしている。敷地の狭さのせいで酷い閉塞感があるのも相変わらず。足元のジャリ、という音が、跳ねる鼓動の音に混ざる。
今は私一人。走って逃げればお婆さんがいるけれど、あの人もすこし不気味なところがあって安心はできない。
私はしきりに周囲を見回した。
かつてここで遭遇した黒いノイズがかったアレが、先輩のお姉さんであるとは理解している。それでも、また不気味に背後に立っているのではないかと思うと気が気でない。私のなかで、未だに御宇佐美しのぎは得体の知れない存在だった。
……先輩のお姉さんはなにが目的なのだろうか。入院していたときに一通りのことは聞いたけれど、いまいち
先輩曰く、しのぎさんは幽霊に近い存在で、先輩を揶揄する人たちを消していたのだという。ある種の、先輩に取り憑いた守護霊みたいなものだろう。そう捉えれば聞こえはいい。消したのはやりすぎだけど。
かと思えば、今度はなんだ。
消した人々は元通り、先輩だけがいなくなった現実。コレをつくりあげて、しのぎさんは何がしたい?
かつての友人を消したことを悔いて、元に戻そうとしたのだろうか? 否、ならば先輩を連れ去る必要はない。
もしも――先輩が望んでついていったのなら、話は別だが。
「……ふざけないで」
そこまで考えて、ぎゅ、と拳を握りしめた。
なんであれ、先輩が消えたことは我慢ならない。
お姉さんが連れ去ったのなら取り返す。先輩が望んでついていったのなら引き戻す。
常識がどうとか、そういう思考はもう捨てよう。私は這いずってでも、もう一度会ってやる。
そう意気込み、私は祠に近づいた。
なにをどうすればいいのかなんて分かっていなかったが、この前みたく、触れてみようと思った。
あの影とノイズが見えるようになったのも、この祠の文字をなぞった直後からだったのだ。今回もなにかが起こるかもしれない。
それが、先輩へ辿り着く事象であることを願って――。
指先に、ザラリとした感触を感じた。
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