取り戻すもの、手放すもの 5

 五月九日。


 学校を午前中だけ出て早退した私は、商店街――ノ道通りを歩いていた。

 いつも通っている道。田舎の昼下がりともなれば、見かけるのは老人ばかり。すれ違う人は少しだけ制服姿の私に目をくべるが、興味なさそうにすぐ逸らしていく。

 今日は高白市で花宮さんと会う予定があった。先日には話せなかったことをさらに掘り下げて聞くつもりだ。

 早退した理由は、約束の時間までに見ておきたい場所があったから。先輩としのぎさんが飛び込んだという踏み切り。そこを一度訪れておきたい。


 駅に向かいながら、先輩のお母さんにもらった写真を取り出す。あれからというもの、私は不安になる度に写真を見て、自分を勇気づけていた。先輩の顔を確認すると、真っ暗な先に明かりが灯る気がするのである。


 ……等間隔で設置されたスピーカーから流れている流行りの曲が、ちょうど終わったときだった。

 ふと、足を止めた。


「……」


 大通りから横に逸れる、細い道。それは先輩が人目を避けて利用していた裏通りへの入り口でもあった。

 立ち止まった視線の向こうには点滅するスナックの看板が立っており、記憶に残る不気味な雰囲気が待ち受けている。一人では決して立ち入らないルートだ。先輩がいない今、しかも人通りが少ないこの時間帯に入るのは危険に感じる。

 だが同時に、行かなければならないとも感じていた。気は進まないけれど、もしかしたら先輩に関する糸口があるかもしれない。そう思うと、私のなかの使命感が『行け』と身体を突き動かした。

 まだ時間はある。ちょっと遠回りになるくらいで、電車にも間に合う。だから大丈夫……な、はず。

 

 私はこくりと喉を鳴らしてから、砂ノ道通りから外れ――裏通りに足を踏み入れた。





 今思い返せば、すべてのはじまりはここだった。

 あの影――御宇佐美しのぎと遭遇してから、現実はおかしくなりはじめたのだ。それを踏まえると、あの祠には何かがある気がする。

 理由のない考察の先に先輩を求めてか、不気味な裏通りでも足が前へと進む。小刻みに震えるひざを意識しないように、自分を鼓舞しつつ、一歩一歩。

 そして――着いた。


「ヘビ……」


 祠にさしかかる直前の通路わきに佇む、ヘビをかたどった白い石像。まるで門番のように静かに待つその像は、今日もきれいに保たれていた。おかげで神聖な雰囲気は健在である。先輩と一緒でない今日は、なおさら緊張感がある。

 それにあやかって、いつもならかがんで『今日も私をお守りください』とお祈りするところだが。違和感を覚えた私はその場に立ち尽くし、眉をひそめていた。


「目が、赤くない?」


 私の記憶が正しければ、この像は目の部分に赤い宝石が埋め込まれていたはず。しかし今の色はほのかに青を混ぜた緑色だ。

 なにがどうなっているのだろう?

 先輩たちが消えたことと目の色が変わったことになんの関係があるのだろうか。まさかこの像の成り立ちに関わっているとでもいうのか。

 ……いや、さすがにそれはないだろう。綺麗に保たれているが、この石像がつくられたのは先輩たちが生まれるよりも前だろうし。


 ――などと考えを巡らせていると。


「ほぉーう、白蛇さまが気まぐれたぁ、生まれてきてこっち、見たのは初めてだねぇ」

「わひゃっ、な、なんっ!?」


 すぐ横から声がして、私は素っ頓狂に驚きながら飛び退いた。

 ……ぜんぜん気がつかなかった。


「おやおや、ごめんなさいね。驚かせちまったみたいでぇ」


 立っていたのは、猫背のおばあちゃんだった。

 腰の後ろで手を組み、のほほんとヘビの石像を眺めている。かと思うと、どこからか小ボウキを取り出し、サッサッと掃除をはじめる。

 私はその光景に目をぱちくりさせた。


「あ、あの。もしかしてこの石像のこと知ってるんですか?」

「ん。もちろんだ」


 まじか。あれだけ調べてもまったくヒットしなかったのに。


「この白蛇さまの像はねぇ、この裏通りの守護神を祀ったもんなんだ。迷ったもんに長い身体を使って道を示したんだとかぁ、見つめたもんに真実を見せるんだとかぁ、いろんなことさしてくれる」

「そうなんですか……知らなかった」

「今でこそ忘れられちまったけんど、昔は砂の道通りと並んで祭りがあってなぁ。皆拝んでたもんさ」


 さすが日頃掃除しているだけのことはある。このお婆さん、この像のことなんでも知ってそうだ。

 私は掃除しながら教えてくれるお婆さんに続けて聞いてみた。


「さっき言ってた……気まぐれ? っていうのは、」

「……」


 ぴたりと手を止め、押し黙るお婆さん。そしてジロリとこちらを睨む。

 私は縮こまった。つい「すいません」と謝ってしまった。

 が、このお婆さんはそんなことなど気にもとめず、私を品定めするように観察。頭の上から足の先まで、ジー、と眺めた。


「……お前さん」

「は、はい」

「招かれてんだよ」

「は、招かれて……え?」

「なにしでかしたか知らんけど、向こうのあらぶき様に参拝しろってんで、呼ばれとる」


 あらぶきさま?

 ってもしかして、あの祠の石のことか。


「目が緑なんは、ひっくり返ってる証。少なくとも今朝は赤かったんだぁ、呼ばれとるんは間違いなくあんただ」

「ひっくり返ってる、というのは?」

「あらぶきに巻くしろきへび、ゆがみにありてゆがみをなおす。わがったらさっさとお行き」


 お婆さんは「掃除で忙しんじゃあ」という一言で私を追い払った。シッシッと。

 私は相変わらずハテナを浮かべたまま離れるしかなかった。なんかすごい邪魔そうにしてたし。

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