取り戻すもの、手放すもの 4
新聞部としての私は、先輩のことを調べていた。噂を集めて、先輩に聞いて、話すようになった。ゴールデンウィークに入ってからはスト-カーまでして付きまとい、距離を縮めた。それで先輩を知った気になっていた。
でも、足りなかったんだ。
私個人として、もっと先輩のことを知れたんじゃないだろうか。近づけたんじゃないだろうか。このアルバムを見ていると、心底そう思う。だって、こんな笑顔の先輩は見たことがない。一度も。
カメラが嫌いなのか、先輩の写っている写真は少ない。けれど、写っている先輩はどれも生き生きとしている。とても悪役なんかには見えない、素の感情がこぼれている。
私の知っている先輩との差を見つけるたびに、心が痛んだ。
写真が途切れたページまで来て、一枚を指でなぞる。
おそらく最後に撮られた先輩の写真だ。
「せん、ぱい」
久しぶりに、彼の顔を見た気がした。
写真の中だけど。もう何年もまえの先輩だけど。でもそこにいたのは確かに先輩だった。控えめな笑みを浮かべる彼の顔には、私の知っている面影があった。
五年前。
たしかに御宇佐美佑は生きていたのだ。その証拠がここにある。
「……」
ずっと探している彼に、ようやく近づいた。
私は写真からずっと目が離せないでいた。必死に平静を装い、ただ指先で撫でる。そんな様子を、先輩のお母さんは何も言わず見守ってくれている。
もうどれだけこうしているだろう。
最後のページを開いたまま、硬直して動けない。心が『もう手放したくない』と叫んでいる。
やっと見つけたこの写真でさえ、いつか消えてしまうのではないか? と怖くなる。これ以上、先輩だけが忘れられていくのは耐えられない。間違いなく生きていたという証拠を取り逃したくない。
「あ、の」
「はい?」
震える声で聞く私を待っていたかのように、美代子さんは応えた。もう、考えていることなどお見通しなのだろう。
「この写真……くれませんか」
アルバムに釘付けになっている私を、この人はどう思ったのだろうか。
いきなり訪ねてきて、部屋に入って、アルバムを覗いて……しまいには『写真をよこせ』だ。取材のときにはアポすら取るというのに、自分の非常識極まりない行動には呆れる。
だというのに。
「どうぞ。持っていって」
この人は、あっさりと私に写真をくれた。
驚いて視線を向けると、柔らかい微笑みを向けられる。
「ありがとう。ウチの子を慕ってくれて」
「――、」
この世界でどんなことをしようと、どんな言葉を交わそうと、最後には消える。私はそう考えている。だから、ここでの会話も意味はない。そう捉えてもいいはずだった。
でも、この人の感謝の言葉は、やさしく背中を押してくれた。
暖かくて、そっと見送るかのようにも思えた。
アルバムのポケットから写真を抜き出す私に、先輩のお母さんは告げた。
「がんばって」
いったいこの人には何が見えていたのだろう。
そんな疑問もあったが、そんなことは野暮だ。私は写真を大事に抱えて、決意したのだった。
すべて元通りにしてしまえば、この人とは面識もなくなるだろうけど。それでも、背中を押してくれたのだから。
だからきっと、私は御宇佐美佑を取り戻してみせる。
まだ方法はわからないけど、必ず。
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