取り戻すもの、手放すもの 3

「あの子たちのことは愛しているつもりだったけど、当の本人からすれば、押しつけがましい酷い親だったかもしれない。そう思うわ」

「そんなことない、ですよ」


 つい反射的にフォローしたが、この人にはまったく響いていないようだった。


「ずっと考えてた。あの子たちが揃って自殺しようとしたのは、私が間違えてきた結果かも、なんて。至らない親のせいだと後悔したときにはもう遅かった」


 目撃者の証言では、先輩としのぎさんは一緒に飛び込んだと言われていた。

 つまりは、心中。自殺。

 二人の親が責任を感じてしまうのも無理はない。いったいどれだけ自責し、懺悔したのだろう。愛していた我が子を失ってから、この人と旦那さんが辿ってきた日々は想像もできないほど絶望に満ちていたに違いない。


「今は旦那と二人で生活してるんだけど、一緒になるとどうしても思い出しちゃうの。四人で食卓を囲んでいた日々を」


 家族の写真を置いていないのはそういうことか。在りし日の記録を目にすると、どうしても自分を責めずにはいられない。過去を振り返ってしまう。このリビングから思い出の欠片を排斥するという行為は、一種の応急処置のようなものなのかもしれない。

 だが、この人は忘れたわけではない。今も思い出し傷心するくらいには覚えている。だから、きっとどこかには生きていた証を持っているはずだ。

 ……それを見せろとは言わないけれど。


「あの、先輩のお部屋だけ、見せてくれませんか」






 二階に上がらせてもらい、先輩の部屋にお邪魔した。


 閉め切られていたカーテンを美代子さんが引き、部屋に光がもたらされる。とはいえ、じきに空がオレンジ色に染まりはじめる時刻。外からの光を以てしても薄暗い部屋は、重い空気が詰まっているかのように感じられた。


 ベッド。勉強机。本棚。

 畳まれた布団や、机の上に重ねられた教科書。本棚には懐かしいマンガ雑誌や単行本。埃がかぶり、もう何年も触れられていない冷たさがある。この部屋の主人が死んで、もう五年ほど経つ。忘れ去られたこの場所だけが、時間が止まっていた。

 もちろん先輩の部屋に入るのは初めてだけど、まさかこういうカタチで入ることになるとは思わなかった。

 私は複雑な気持ちで本棚のラインナップを眺めた。意外にも熱血系のものが多い。ザ・男の子というカンジだった。


「佑とはよく遊んでくれたのよね?」

「え、あ……はい」


 クローゼットを開け、奥から段ボールを引きずり出しながら、先輩のお母さんが聞く。


「あの子、頼りない子だったでしょう。いつもおどおどしていて、しのぎ――お姉ちゃんのあとを追いかけてばっかりだったわ」

「しのぎさん……」

「でもね。あの子もいいところはあったのよ。そりゃあ友達と遊んでばっかりで成績はまずまずだったけど、優しくて誰とでも分け隔てなく接してた。いつのまにかたくさんの人と交友関係を構築してた。とくに友達づくりに関しては、お姉ちゃんより優れてたわね」


 懐かしむような口調だった。

 昔の先輩を思い出してか、かすかに微笑みを浮かべ――しかしすぐに、口元を引き結ぶ。翳りを落とすその一瞬に、この人の後悔が垣間見えた。


「ほら」

「これはなんですか?」


 段ボールを開けてくれたので、近づいて覗く。

 納められていたのは、棚に入りきらなかったマンガや、学校で使っていたであろう習字道具、それに――


「アルバム?」

「どうぞ、見てみて」


 重く厚いそれを渡され、お礼を言いながら開いてみる。しばらく開けていなかったのか、張り付いたフィルムがパリパリと音を立てた。

 ……先輩としのぎさんを含めた、家族みんなの思い出が詰まっていた。

 ピクニック、テーマパーク、いろんなところへお出かけして撮ったであろう写真。夏らしい半袖姿にクリスマス、誕生日ケーキと一緒に写るものもあった。


 幸せに溢れたページが、めくる度に次々と露わになる。御宇佐美家が辿ってきた、刻んできたものがこれでもかと保存されている。

 先輩の歩んできた人生の一瞬一瞬を切り取ったものが、その中に混ざっている。


「……っ」


 目の奥から込み上げてきたものを、唇を噛んでぐっと押さえ込んだ。


 思い知った。

 私はやはり、先輩のことをあまり知らなかったのだと。

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