取り戻すもの、手放すもの 2
放課後になり、足早に学校をあとにした私は、いつもより一本はやい電車に乗車した。
すこし走らなければ間に合わないということもあり、車内の生徒はまばら。田舎を走る三両編成といえど、利用客は老人や作業服のおじさんくらい。
なので、ガランとした周囲を気にせず、上がった息を整えた。
今日はいつも降りる駅ではなく、そのひとつ先の高白駅で降りた。
このために一本はやい電車に乗ったのだ。三糸ヶ先と高白をつなぐこの区域は、一本変えるだけで到着に大きな差が出ることだってある。
改札を出た私は、高白駅まえの周辺マップを眺めた。
高白駅周辺は東と西ではっきりと別れている。駅の裏――東は住宅が集合した地域。車で二十分ほど進めば、山のふもとの自然公園に辿り着く。対して西側は図書館やモールなどが集中した、便利な発展を遂げている。三糸ヶ先の生徒も休日に利用するくらいには遊ぶ場所があり、前に先輩と来たところでもある。
用事があるのは東側の集合住宅地域。西の賑やかな街並みを尻目に、駅横の抜け道から裏にまわる。
花宮さんに聞いた道と照らし合わせながら進んでいく。地区と地区の間、水田に挟まれた一本道も抜ける。
まさか場所まで変わっているなんてこともあるのだろうか、と危惧していたのだが、それは杞憂だったようだ。先輩の家は、ちゃんとこの街にあるらしい。さらに数分歩いたところで、遠目にそれらしき建物を発見する。
数々の家に混ざり佇むその家は、私が初めて訪れる場所。
あれだけ付きまとっておきながら、先輩の住所すら知らなかったなんて、ストーカー失格じゃなかろうか。
そう自嘲しながら、インターホンを押した。
今日来たのは言うまでもない。
花宮さんと話したことで、もう一度先輩に会えるかもしれない僅かな可能性を得た。今置かれている状況をひとつずつでも紐解き、必ず会うと心に決めたのだ。だから、先輩に関する場所、先輩と巡った場所をもう一度見てまわることにしたのである。
ここも、そのひとつ――
「はい」
インターホン越しの女性の声に、私は口を開いた。
「よく来てくれたわね。ゆっくりして。すぐにお茶をだすから」
「あ、いえ。お構いなく」
穏和なイメージの先輩のお母さん――美代子さんが、パタパタとキッチンの方へ向かう。その背中を見送り、リビングを見渡した。
至って普通の家だ。
フローリングに敷かれた絨毯に四人席のテーブル、テレビにソファ。棚には雑誌が数冊重ねられている。裕福なこと以外はこれといって変なところはない。
変なところはない、というのは、先輩やそのお姉さんの痕跡がない、という意味でもあった。家族そろっての記念写真くらいありそうなものなのに、見当たるのは花瓶に活けられた花くらいだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
美代子さんが向かいの席に座った。
すこしの緊張をいい香りの紅茶で落ち着けると、先輩のお母さんはさっそく切り出す。
「佑の昔なじみ、と言ったわね? ええと……」
「箇条です」
「そう箇条さん。よくここがわかったわね」
「紆余曲折ありまして、なんとか」
昔なじみ。昔なじみかぁ。咄嗟に口をついて出たにしては、ちょうどいい関係性かも。あながち間違ってもいないような気もするし。
「佑、か」
そうぽつりとこぼし、美代子さんは視線を落とした。指が無造作にテーブルの木目をなぞり、紅茶の湯気の向こうで瞳が細められる。物思いに耽るその姿からは、悲壮感や後悔といった感情があふれ出していた。
子の存在を匂わせるものが皆無だと感じていたが、私はすぐに改めた。
「あなたも事故のことは知ってるのよね?」
「はい」
「そう……」
この人からは、いろんなものが感じられる。
子を二人失ったことに対する絶望だけじゃない。それ以上に様々な感情の数々。その全ては苦く、重い。
「……今でも考える。私は母親失格だったんじゃないかって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます