7章
取り戻すもの、手放すもの 1
五月八日。
その日、私はゴールデンウィークを明けてはじめて登校した。
緊張感にも似たそわそわする感覚を考え事で誤魔化しながら、電車に揺られ三糸ヶ先駅で降車。生徒の群れに混ざって学校を目指す。久々の登校な上に、以前と同じとはいえない現実。駅を出たところでは見知らぬ友人に声を掛けられるし、まったく分からない会話に相づちを打つので必死だったし、クラスの空気が違えば、クラスメートも担任も、授業の進度も異なる。
不安だったことが一気に押し寄せ、それを咄嗟のアドリブで
並行して、先輩に関する調査に身を乗り出した。授業中は考え事の続きをノートにまとめ、休憩時間は先輩を知っている生徒――岸川良二や甘坂彩菜を訪ねた。そしてまた得た情報を授業中にまとめる。
「ゆら、最近どったの?」
昼食のサンドイッチを頬張りながら、荒川さんが尋ねる。
昼に突入するなり教室を出ようとした私だったのだけど、首根っこをつかみ、お節介にも「今日はいっしょに食べよ」と誘ってきた彼女。
「別になにもないよ」
「言いたくないならいいけどさ。なんかずっと切羽詰まってない?」
「……」
お弁当のフタを開けておきながら箸の進まない私を見ての一言だった。
さすがは友人カッコ仮。先日の件もあってか、的確に心境を言い当てる。いやまぁ、ここまで上の空ならさすがに誰でも変に思うだろうけど。
「古文で当てられたときもすごいワタワタしてたけど……悩みがあるなら聞くよ?」
「大丈夫」
「そうは見えないけど。目の下のクマ、すごいよ」
ようやく箸で口に運ぶものに目星をつけはじめた私は、一度視線を上げて、また落とした。
気のせいだよ、という意味での目配せだったのだが、荒川さんには睨んでいるように見えたようだ。少しだけたじろぎ、喉をこくりと鳴らした。
それでもと、荒川さんは続けた。
「少し、休んだら? 今のゆら、なんか危なっかしいというか、怖いよ」
「え、あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
「はぁ……」
純粋に申し訳なくなり謝った私に対して、荒川さんは盛大にため息を吐いた。「最近のこいつはなんでこうなんだろう」という風だった。
それから、なぜか食事の手を止め、改まって言う。
「ねぇゆら。聞いて。病院でなにがあって、今もなにをしてるか知らないけど、自分のことだけはちゃんとして。今までこんなことなかったじゃん。新聞部としてすごい頑張ってるのは見てきたよ? でもここまで酷いのは初めてだよ」
「そう、なんだ?」
「そうだよ。正直に言うと、心配でしかない。なにかに巻き込まれてるんじゃないかとか、実はすごい重い病気だったんじゃないかとか、色々考えちゃうの」
真剣な表情だった。
なるほど、彼女はこんなにも他人を心配してくれる人なのか、と新たな発見があるのと同時に、ここまで心配してくれる同年齢の友人が初めてで困惑する。
「言ってくれれば、私も手伝えるから。できるなら、事情を教えてほしい」
ここまで真摯に、友達として接してくれる相手がいる。心配してくれる誰かがいる。この世界において、そんな相手と巡り会えたのが新鮮に感じた。だが、先輩がいない世界を勝手に『正しくない』と定義づけていた自分にとって、これは毒だ。
やがては切り捨てなければならないものが、すでに多く存在する。
先輩を取り戻したとなれば、少なくとも人間関係は以前に近いものとなるだろう。つまり、先輩が消えた人生で私と知り合った人は、赤の他人になる。その一人である彼女が、こうして真っ直ぐに罪悪感を与えてきているのだ。
……どう、答えたらいいだろうか。
うまく言葉がまとまらない。
「……気にしないで。ちょっと仕事が溜まってるだけだから」
結局、私は誤魔化すことしかできなかった。
ここまで考えてくれる彼女の思いを無下にするのは心苦しい。私にとっては高校生活で初めて手に入れた『ちゃんとした友人』でもある。
だけど、先輩と彼女を天秤にかけ、仕方のないことなんだ、と自分に言い聞かせた。
先輩を取り戻すのであれば、この世界を許容してはならないのだから。
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