間章

箇条ゆらの考察 6


 ずっと気になっていたことがある。


 先輩の存在は、この世界からことごとく消えている。

 五年前の事故をさかいに、彼ら二人の生は途絶えているのだから、当たり前だ。


 御宇佐美しのぎとその弟、先輩。

 二人を失った関係者は、それぞれがまた違う人生を辿り、今のこの世界が形成された。

 だれも、私の記憶した日々を知るものはいない。

 だれも、彼の成長した姿を見たものはいない。

 だれも、先輩と出会わなかった私を避けたりしない。



 なら――なぜ私は覚えているのだろうか。



 私だけが記憶を持っていることが、とんでもなく変だった。

 携帯の履歴が示す交友関係の広さは、紛れもなく私が積み重ねてきたものだ。この世界における私の在り方は、『先輩』という接点を持たなかった過程の上に成り立っている。今は決して変わり者というレッテルを貼られてはいない、ただの一般生徒。

 なのに、この記憶はなおも胸を焦がす。

 本来なら、私も先輩のことを覚えていないはず。しかし実際、自分の頭にはあの日々が鮮明に刻まれているのだ。


 私だけが周囲と違うのはどうしてだろう。


 探偵でもなんでもない、平凡な自分には想像も及ばない。

 しかしそれでも、このもたらされた周りとの差異に感謝しながら、先輩との記憶をなぞった。


 先輩の死が確定していないのであれば、まだどうにかできるかもしれない。人が消えたり、過去が置き換わったりしているのだ、いなくなった誰かを取り戻すのだって可能なはずである。

 ……それを、こんな私でも成し遂げられるのかはわからないけど。

 なんにせよ、諦めるわけにはいかない。

 あの花宮さんが探しているように、私もまた、探そう。


 仮初めでも、この私は新聞部に現れた期待の新人部員。あのひねくれモノの先輩が、嫌な顔をしながらアテにしてくれたこともあるのだから、応えたい。私は先輩が認めてくれた私としてこの現実にあらがい、そして――



 今度こそ、彼の手を引いてやる。

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