不一致な亡霊 6

 再び詰めた買い物袋を持ち、僕らは高白駅の方へと向かっていた。轢かれそうになった踏み切りを渡った先にある、別の駅だ。

 交わしていた会話はなく、気まずい空気が流れる。踏み切りで引っ張られてからずっとこの調子だ。背後をうかがってもうつむいてばかり。足取りも軽くなく、夕陽の色に染まった道を歩く僕の服のすそは、そっと後ろから掴まれている。

 さて、どうしたものか。そう考えを巡らせていると、掴まれた裾がクイと引っ張られた。


「ん、どうしたの」


 立ち止まって振り返る。

 箇条はさっきより落ち着きを取り戻していたけれど、それでも浮かない表情をしていた。

 しのぎ絡みで余計なことを考えているのは明白だった。でも僕にはどうするのが箇条のためになるのかわからない。


「先輩……家まで送って」

「……」


 ぼそりとねだられた。

 こういう状態の箇条はあまり見ないから調子が狂う。しかしながら、命の恩人でもある彼女の頼みだ、断る理由はない。元より、行方不明者が出てるのだから送るつもりだった。そのくらいはお安いご用だ。


「わかった」





 僕がいつも降りる高白駅から、箇条の降りる隣の駅までの切符を買う。もう少しで真っ暗になる今、歩きで箇条の家まで行く勇気はなかった。影に襲われる可能性、そしてなにより箇条に降りかかる危険はできるだけ減らしたい。

 車内に乗り込むなり箇条が切り出したのは、案の定しのぎ関連のことだった。

 ただ、今回の話題は少しばかり方向性が違う。

 御宇佐美しのぎ――僕の姉ではなく、箇条が問いただすように聞いたのは、


「先輩にとって、お姉さんは何なんですか」

「聞きたいのは僕に関することなの?」

「実を言うと、私が御宇佐美しのぎさんを知りたいのは、先輩が関わっているからでもあります」


 そこまで言いのける箇条は、なんだか吹っ切れているようにも感じる。あの告白めいた発言から、こう……堂々と言うようになった。こっちはどう接するべきか迷うのだけど、そんなのお構いなしに。


「昼間にも言いましたよね。できれば、先輩には亡くなったお姉さんのことより、今生きている私のことを……そして、先輩自身のことを考えてほしい。先輩が悪役なんかをやらず、悲しい顔をしないように。それが私の行動の動機です」


 はたして、箇条のその動機は、いつから芽生えていたものなのか。

 会ったときから?

 僕の噂を聞きつけたときから?

 頻繁に話すようになってから?

 それを僕が知る術は、ない。

 箇条は僕のそんな疑問などつゆ知らず、自嘲的に笑った。


「……本心から言えば、先輩にはお姉さんを忘れてほしいんです。嫌な女ですよね」


 本人はこう言っているが、箇条はだれよりもしのぎに対して真摯しんしな気がした。

 箇条は僕としのぎの噂を集める新聞部だ。信憑性のないしのぎの噂など、どれだけ耳にすることだろう。それこそ数え切れないほどのはずだ。その一つ一つを確かめ、会ったこともない、会うこともできない赤の他人を、どうしてここまで知ろうと思える?

 箇条は、自分にとって邪魔でしかないしのぎと向き合おうとしている。

 僕がしのぎのことを忘れられないから。僕がしのぎに向ける感情に気づいているから。僕がしのぎの残した色々に囚われているから。

 だから、突如顕れた影の正体にも積極的なのだ。


 ……そうだよ。

 箇条は僕のことを優しすぎるなんて評してくれたけど、そういう箇条だって優しすぎるじゃないか。

 僕にしのぎのことを忘れてほしい。なのに、箇条は忘れさせようとはしてこない。それどころか一緒に『あの影がしのぎである可能性』まで考えてくれた。自分の願望よりも、僕の意思を尊重してくれたんだ。


「箇条」

「な、なんですか」

「君は……僕に優しすぎだ」


 そう言うと、箇条がぴくりと肩を揺らした。

 そして、照れ隠しも兼ねてか、困り顔で笑う。


「あ、あはは……これがぞくに言う、惚れた弱みってヤツですかね……」


 その笑顔を見て、胸の奥が痛んだ。


 箇条は、僕がしのぎを好きだったことを知っている。

 僕は、箇条が自分を好きなことを知ってしまった。

 どうしてか、僕の中には二人が並んで、比べてしまって。でも、どちらを選べばいいのか、わからなかった。


 だから、またなにも言えなかった。

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