不一致な亡霊 7
「タスくん。明日、学校来てほしいって。十一時」
「え……まさか」
「また誰かいなくなったのかもしれないわ。この間いなくなっちゃった子も見つかってないんでしょ? 帰り気をつけてね」
夜半に受話器を置きながらそう言ったのは、叔母さんだった。
箇条を家まで送り届けて帰宅し、夕飯を済ませたあとのこと。どうやら連絡網形式で伝えられたようだ。
叔母さんの懐かしむ反応で伝言を伝えた相手が誰かを察する。
「それにしても、良二くん久しぶりに話したわ。ほら、昔タスくんと仲良かったあの子」
「あ、ああ……えっと」
「最近はもう話さないの? 同じ学校だったでしょ。もしよかったら今度ウチに連れてきても――」
「ごめんなさい、先にお風呂いただきますね」
「良二くんによろしく言っといてね」
風呂場に向かいながら、思わず顔をしかめてしまう。
わかってる。叔母さんは悪くない。
学校ではそこまで苦じゃないのだ。どんなことを言われても、どんな噂を聞いても、鼻で笑うことができる。
「はぁ」
せめてウチでは聞きたくなかったのだが。こういうときに箇条がいれば、バカなことを話して気を紛らわすことができるのに。
……そういえば、珍しいな。
こうして
まあいいか。
ウチにいるときに嫌なことを考えるのはよそう。ストレスが溜まるだけだ。
それよりも、箇条に連絡しておかなければ。
映画館を見に行く約束。お昼にお弁当を作ってくれる約束もしている。映画館は時間をズラすとして、お弁当は――名残惜しいけど、今回は遠慮しておこうかな。
また刑事さんに聴取を受けるのだろう。そう考えると、昼を頂く時間もいつになるかわからないし。
◇◇◇
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ! 恥ずか死ぬぅ!」
カバンを放り、ポニーテールも解き、ベッドの上で悶えて数分。
私は今日一日の己を振り返り、軽率な発言と愚かさに苦しめられていた。
「なにが『先輩のこと、結構すきなんですから』だッ! やだもうデート行けない……先輩と会うのムリ……しにたい……」
最近色々と都合の良い理由をつけて一緒にいるからか、自分でも驚くほどおかしくなってきている。
以前はときどき話したり一緒に帰るくらいでよかったのが、ゴールデンウィークに入ってからはほんとに変だ。平気でサラッと歯の浮くようなセリフを吐き、挙げ句の果てには腕を抱き――
「ぐぅうう……い、いやあれは私悪くない。踏み切りに飛び込もうとする先輩が悪い」
そうだ、あれは悪くない。
私はなにもおかしくない。生きてるのがすごく安心して思わず抱きついちゃっただけ。
「ああああああやっぱムリ!」
頭を抱えて枕に顔を打ち付ける。誰にも見せられない奇行を繰り返し、私は絶賛後悔中である。
明日どんな顔で先輩と会えばいいのだろう。一方的に『デート』なんて口走っちゃって、しかもお弁当まで……!
ああ、先輩どう思ったんだろう。多分引いてるんだろうなぁ。
い、いや、まあこの際だ、逝くとこまで逝ってやろう。もう当たって砕けろだ。最後はあーんでもして、おとなしく振られよう。うん、それがいい。先輩には先輩の好きな人がいるのだから。
私に、先輩の心を歪める権利なんて……ないのだから。
と、そんな決意をしているところに、一通の着信。
テーブルの上の携帯に手を伸ばすと、少し期待しながら開いた。相手は先輩だ。
「……」
え、また誰か居なくなった?
近藤正彦と渡辺和広の二人が行方不明になってまだ二日しか経ってないのに?
「……」
送られてくるメッセージに目を通し、返信を返しつつ頭を働かせる。
先輩曰く――まだ新しい行方不明者が出たとは限らない。ただ学校へ呼び出されただけで、詳細は不明。ただ、あの二人に次ぐ事件発生が濃厚。
まさか、と、脳裏に嫌な想像がよぎる。
私たちが知らないだけで、実際はもっと犠牲者がいる、なんてこともあり得る?
仮にそうだとしたら、あの影は私たちの想像以上に危険な存在だ。得体の知れない行動基準。存在する理由。移動速度。不確定要素が多い。しかも被害者の数もわからない。どれほどの驚異なのかすら不明ときた。
やはり、情報が足りない。
行方不明になっている人数も、あの影の正体も。警察とかじゃないから仕方ないのだけど……。
って、ちょっと待って。
「『お弁当はまた今度』……?」
集合時刻……明日……十一時……。
「……は?」
私の手から、携帯がこぼれ落ちた。
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