不一致な亡霊 5

 スーパーを出たところでは、よく屋台を開いていることがある。

 来店した客を狙って、出入り口付近にワナを張るのである。たい焼きやタコ焼きをつくる匂いを、窓を大っぴらに開けて漂わせて。


 僕に荷物を預けて走り去る箇条ゆらも、その罠にかかった一人であった。


 ゴールデンウィークのこの時間帯は子連れの主婦なんかも多く、たい焼きの屋台は繁盛はんじょうしていた。並んだ数組の最後尾にうきうきで並び、身体を曲げてはメニュー看板をのぞき込んでいる。

 一方の僕は、通行人の邪魔にならないよう離れ、遠目にそんな様子を眺めている。

 改装前――旬の洋服を取り扱う店や飲食店が密集するここら辺は、商店街通りの外縁に位置していた。もうそんなに覚えていないけれど、おそらく何度か通ったことのある場所だろう。暇つぶし代わりに何気なく視線を巡らせる。

 そうやって、周囲の見慣れた風景のなかに懐かしさを探していると。



「――、」



 ソレと、目が、合ってしまった。


 箇条の並ぶ列とは真反対。開けた通りの向こう側に横切る踏み切り。最悪のカタチで懐かしさを見つけてしまい、僕は金縛りにあったようにその場を動けなくなる。それどころか、呼吸も瞬きも一瞬忘れた。


「ッ!」


 突如、カンカンカン、とけたたましい音が鳴り響いた。視界に赤い規則的な明かりが差し込み、買い物袋を持つ左手の指が辛うじて反応する。

 ……遮断機が降りていく。

 影は境界の向こう側で、身動きせずに待つ。周囲の通行人は見えないのか、その後ろで何事もないように待っている。

 影は、僕にだけ見える歪みだった。

 内包する闇はどこまでも深く、ただ一点、頭部の赤い目を見つめているだけで引き込まれそうになる。

 背筋はすでに凍えきり、嫌な汗が流れていく。

 手足の感覚も朧げになり、全ての感覚がその影を離さなくなる。

 迫り来る轟音。

 まとわりつく視線。

 再生される、現実かも定かではないノイズ。

 ザワザワ、と。

 湧き上がる恐怖に反し、僕は逃げられない。ただ、雑音と一緒に大きくなっていくこの衝撃に、足を



「せんぱいッッ!!!!」



 次の瞬間。

 僕の身体は、ガクンッ! と後ろに勢いよく引っ張られた。

 視界を巨大な何かが横切る。

 ゴオッ! という爆発にも似た車輪の摩擦音。線をつくる蛍光灯の光と鉄の壁。

 勢いあまって尻餅をついた僕は、目を白黒させた。手に持っていた袋がガサリと地面に叩きつけられ、中身がこぼれ出している。それに目もくれず、僕は呆然と境界を見つめていた。



「――、」



 やがて轟音が通り過ぎ、その場は通行人の足音と声で満たされた。

 道ゆく人が好奇の目を向けてくる中、僕は踏み切りの前で腰を抜かしている。


 投げ出された足の横にはビニール袋。さっきレジを通ったものが散乱している。

 そこで、ようやく僕は現状を理解しはじめた。差し当たって、僕の腕をがっしりと掴んでいるのは……


「……」

「……」


 僕と一緒にへたり込んで、痛いくらいに腕を抱き寄せている。顔を俯かせて、震えながら。

 その、あまりにも普通じゃない彼女の名前を呼んでみる。


「かじょ――」

「バカッ!!」


 箇条のものとは思えない絶叫が飛んできて、僕は口を閉ざした。


「なにやってるんですか! 私が止めなかったら今頃死んでたじゃないですか!」

「え、あ」

「待ってて、って言ったのに……! どうして、どうして先輩は……そんなにお姉さんのことが……」

「その、ごめん」


 拘束する腕にさらに力が籠もる。

 いつも以上に怒っているのは明確だった。


「ばか、あほ……最低」

「お、おおう」


 ひたすらに罵られる。

 表情は見えなかったけど、箇条が本気なのがひしひしと伝わってくる。とりあえず離れようとしない箇条を引きずるように立ち上がると、僕は袋の中身をかき集めた。

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