不一致な亡霊 4

「まさか当日になって約束を反故ほごにされるどころか、連絡すらしてくれないなんて」


 店を出る頃にはすっかり夕暮れ。空もオレンジ色に染まり、ここ高白市のモールと化した商店街は客層が変化してきていた。

 結局、花宮里穗が訪れることはなく、適当な雑談を続けて長時間を過ごしてしまった。

 箇条にとっては、貴重な情報を得られるチャンスを逃してしまったことになる。その証拠に、飲食店が賑わいはじめる大通りを歩く今も、わかりやすくシュンと肩を落とし愚痴をこぼしている。

 やれ携帯の意味がないだの、やれ先輩が嫌われすぎなのがダメだの……。

 口を尖らせて歩く箇条のそんな横顔は、ふてくされていてちょっと面白い。不覚にも少しかわいいなんて思ってしまって、横目で何度か見てしまう。

 おそらく、昼間の箇条に言われた言葉が原因なのだろう。


 ――『私、先輩のこと、結構すきなんですから』。


 ソレが異性として向けた言葉でないことくらいはわかっている。でも、なんて言葉を面と向かって言われたのはほぼ初めて。だから、意識してしまっているだけだ。


「あ、先輩。ちょっと寄ってもいいですか?」

「ど、どこに?」


 慌てて取り繕う僕に、箇条は向こう側を指差す。

 確かこの角を曲がった先にあるのは、このモールでもそれなりの品揃えを誇るスーパーだ。

 改装される以前のスーパーなんて田舎のソレで、今とは比べものにならないほどのみすぼらしさだったけど、現在は大きな発展を遂げている。品質、値段、品揃え。ウチに居る叔母さんもよくここを利用しているらしい。


「明日のお弁当の材料を買おうと思いまして」


 料理できるの? なんて質問は野暮だった。

 そんなことを口走れば、笑顔で膝蹴りでもしてきそうなので黙っておく。






「せっかくなので先輩の好みとか教えてくださいよ。玉子焼きは甘い派? ご飯にはふりかけ梅干し、炊き込みでも可です。おかずリクエストも是非」


 僕の持つカゴにバナナや野菜を放り込みながら、箇条は手慣れた様子で買う物を選んでいく。メモは頭に入っているのだろう。必要なものを次々と手に取り、値段も注視しているのがうかがえた。

 僕はその様子に呆気にとられていた。

 男の僕からしたら、『後輩の家庭的な面』というギャップは十分に衝撃的である。普段の振る舞いも相まってこんな一面を持っているとは思っていなかった。今後見る目が変わってしまいそうだ。


「なんか言ってくださいよ。あ、もし『なんでもいい』なんて言ったら、先輩のあることないこと記事にしてもらいますから」

「えぇ……ゴシップ記事じゃん」

「ほらはやく。もう好きなおかずでいいですから。ハンバーグ? フライ? 単純に焼き肉? 魚も健康的ですよ」

「んー、強いて言うなら……ミートボール?」

「……」


 箇条が立ち止まり、僕の顔を見る。


「どうしたの」

「み、ミートボール?」

「そう、ミートボール」


 キョトン顔がこっちを見上げる。周囲の客と騒がしい音の中、僕と箇条は新鮮な魚が並ぶコーナーで沈黙する。なにが意外だったのか、パチクリと瞬きする瞳。僕は「文句あるの」と冷ややかな視線をぶつけ抗議した。

 しかし、箇条は不意に吹き出すと。


「あはははは! 先輩、思ったよりかわいいものがお好きなんですね!」

「は、はぁ!? ミートボール好きな人に失礼だろ!」

「いや別にばかにしてるわけじゃ……ふふっ、先輩がミートボールを好きなのが意外なんですよ。雰囲気に似合わず、ってかんじ」

「そうかなぁ。弁当のおかずに限って言えばミートボールはハンバーグを越えるじゃん? けっこう好きな人いると思うけど」

「まあその言い分はまた聞くとして、分かりましたよ、ミートボールですね」


 箇条は要望を聞いてきたくせに「しょうがない先輩ですね」と呟き、肉のコーナーへ足先を変えた。どこか嬉しそうでもあった。

 その反応が、むずがゆい。

 ふとかえりみれば、今僕がこうして二人で歩いているのが、そして他愛もないことを話しながら歩いているのが、とても照れくさく感じた。

 けれど、楽しい時間でもある。箇条を励ますつもりで映画に誘ったけど、僕もそれなりに楽しみにしているらしい。





 そういえば、ミートボール。

 しのぎも好きだったな、あれ。

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