不一致な亡霊 2
「ま、言えるわけないですよねぇ」
「あの場でしのぎの幽霊がー、なんて口にしてたら、袋だたきに遭ってたかもね」
「ありそーですね……あの人たち仲良し組みたいなとこありますし」
いつも僕が下車している高白駅から数分。多くの店が集い賑わうショッピングモールを目指し、僕と箇条は話しながら歩いていた。
話題は夢でのできごと、そして午前中に受けた取り調べについて。
あの後、校門で待ち合わせ――もとい、待ち伏せしていた箇条と合流した僕は、渋々彼女の取材に付き合うことになった。なんでも誰かさんに取材のアポをとっているらしい。新聞部らしく積極的だ。
「ていうかさ……これもうストーカーじゃないよね? 僕が付き合わされてるよね?」
「察しが良いですね! だいじょーぶです、ドリンクは私のお財布から出しますから!」
「はあ……もう勝手にしてくれ」
思えば、箇条に文句を垂れ流してもムダなことは分かりきっていた。
僕はため息を吐きながら箇条の一歩後ろをついていく。
「で、話を戻しますが。その行方不明事件、私はあの影が関わっていると思うんですよ」
「奇遇だね」
「あら、そこは認めるんですね。意外」
認めたくはないが、しのぎの幽霊と行方不明を結びつけるなというほうが無理だった。影が僕らの前に現れたのがゴールデンウィークに入る前。時期的にも違和感はない。また、良二の証言が真実であるなら、なおさらあの影の存在が関与しているという線は濃くなる。
「先輩のお姉さんは、ずいぶんと乱暴な、というか。物騒な人なんですね」
「そんなわけない」
「人をさらっているのに?」
「なにか理由があるはず。仮に刑事さんの言う行方不明にしのぎが関わっているとして、人をさらうのも、僕の首を絞めたのも、なにかあるはずなんだ」
「……はぁ」
「せめてさらわれた当時の状況がもっと分かればいいんだけど、箇条ですら知らないからなぁ」
「先輩」
「例えば、しのぎの遠回しなメッセージが込められているとか。夢で首を絞められたのは間違いなくその線が――」
「せーんぱい」
「……なに」
箇条は後ろ向きに歩き、考え込む僕に呼びかけた。かと思うと、後ろ手を組みながら呆れつつ口を開く。
「先輩がどれだけお姉さんのことを慕っていて、その人柄を美化しているか知りませんが、この際だから言わせてもらいます」
「この際だから?」
「ええ。ずっと思っていて口にしなかったことです」
そこまで言うと、箇条は一度口を閉じ、くるりと前へ向き直った。
僕からはどんな表情をしているのかわからない。でも、真剣な声音で続ける箇条は軽く空を見上げているようだった。
「アレ、本当に先輩のお姉さんですか……?」
「……」
言葉が出なかった。
僕と箇条は、ずっとあの影をしのぎと決めつけ話してきた。しかし、この件に関して協力関係である彼女に疑問を投げかけられ、思わず足を止めてしまう。
まだ往来の少ない道で、僕につられて箇条も足を止める。
振り返らず、拳を握りしめているのが見えた。
「この疑問は普通なら真っ先にでてくるものですよ。私だったから受け入れていただけです」
「いや、でもしのぎは」
「はっきり言いますが、私は先輩のお姉さんとは思えない。あの影が先輩の中にあるお姉さんの人物像と一致しないのなら、それは別人ですよ。ほんとは先輩も思ってるんですよね?」
数時間まえの取り調べの際に頭をよぎった、あの考えが再び浮き上がる。
しのぎは人をさらうだろうか?
幽霊になったからといって、そんな行動をとるほどの怨念を持っていたのだろうか?
「先輩のお姉さんは、力にモノを言わせて首をしめますか?」
「……いいや」
「お姉さんは、誰かを恨んで害したりしますか?」
「……いいや」
「だったら、答えはほぼ明確だと思いますが」
「それでもしのぎは、なにを考えてるか分からないとこがあったから。もしかしたら生前言えなかったことを、僕に伝えようとしてるのかもしれないし」
そう反論すると、箇条は拳をさらにきつく握りしめ、そっとこっちを見た。
なにかの決意を感じさせる――今までにない、正体不明の迫力を携えて。
「私はね、先輩」
昼下がりの日光の下。瞳にのせた不機嫌な色が、僕を見据える。
「もう先輩に苦しんでほしくない。気分を悪くするかもしれませんが、故人を想うばかりに悪役をしているのが、許せないんですよ」
箇条のそんな顔は、見たことがなかった。
ただ不機嫌なだけではない。なにかを憂いて、自分のことのように苦痛を感じている。静かな怒りと心配する優しさが同居していた。
初めて向けられる感情に、言葉を失う。僕はその場に立ち尽くしたまま、箇条が発する言葉を聞くことしかできない。
「……私、先輩のこと、結構すきなんですから」
そんな告白をする箇条が先立って歩く背中は、普段以上に冷静に見えた。
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