金色とは言えない休日 3

「夢の内容と言ったって大したものじゃない。ただ僕はいつも、レンズ越しにぼやけた花畑を眺めてるんだ。気づいたらそこにいて、そよ風と様々な色の花、それと日光に目を細めてる。他には誰もいなくて、静かな場所に一人。で、少しして影が目の前に現れる。見てる景色も色を失っていき、最後に雑音に混じった気味の悪い声が響くんだ。『助けて』って」

「ま、まってください。? いつも見てるんですか?」


 頷く。

 事実、あの日から夢は毎日同じ内容だった。花畑に立っていて、影が現れて、僕に助けを求める。そこで目を覚ます。

 逆恨みしたかつての友人に責め立てられたり殺されかけたりする夢も夢だが、ここ連日の同じ夢もなかなかに辛いものがあった。

 そんなことは知る由もない箇条は、あごに指を添えて考え込んでいる。

 ここまで立て続けに見せられるのだ、何か理由、意図があると考えるのが当然。箇条もそこについて考えを巡らせているのだろう。

 でも。


 その顔を見て、僕は決めた。


「……箇条、ここまでだ。たぶんこれは、姉の怨念なんだよ。しのぎは僕の代わりに死んだ。それがしのぎも納得いっていないんだ。だからこうして、現実によみがえってまで僕を追いかけ回してる。毎日見てる夢がその証拠だ」

「え、待ってください、そんな、」

「逆に言えば、あの影は僕だけを恨んでいることになる。少なくとも箇条に対してなにかをすることはない。結果オーライだよ」

「でも、私も」

「箇条には感謝してるけど、あとは僕がなんとかする」


 遠回しに『関わるな』という忠告を受け、箇条は愕然とした。

 テーブルの上に視線を落とし、箇条らしくもなく暗い陰を落とす。すこし寂しそうでもあった。

 やはり箇条は巻き込めない。あの影がしのぎに関する存在なら、僕らは互いに距離を置いた方がいい。


「……」

「……」


 ラウンジは、すでに通常の落ち着きを取り戻していた。今日開かれるというコンサートが開始したのだろう。列をつくっていた客は防音扉の奥だ。ときどき拍手が聞こえてくるけれど、それほど大きい音でもない。

 ラウンジはカフェでお茶をする客数人の話し声と、向こうの図書スペースから出てくる人の足音だけ。

 箇条の頼んだアイスティーの氷は溶けきっており、せっかくのワッフルも冷めている。僕は沈黙の空気を紛らわす気持ちで、フォークをワッフルに突き刺した。

 冷めても美味しいことに小さな感動を覚えていると、不意に箇条が口を開いた。


「だったら、先輩はどうするんですか」


 冷静に、小さく。

 うつむいたままの箇条が、驚くほど真剣な声をこぼす。


「死んだお姉さんが助けを求めてる。それでどうするんですか」

「……」

「おはらいでもしてもらいますか? 除霊して一件落着、それで終わりにでもしますか? そんなわけないですよね」

「……」

「あんな顔でお姉さんの名前を呼ぶ先輩が、それで納得できるはずがない。あまり後輩なめないでくださいよ」

「……」

「ひとりでなにかできるとは思えませんし、先輩しっかりしてるように見えてぼーっとしてることあるし、それでなにかあったらムナクソ悪いんですよ。だから無理矢理にでも首を突っ込みます」

「ひどい言いようだな……」


 ぶつけられた正論に苦笑いを返す。

 しかし箇条は動じることなく、腕を組み堂々と言い放った。


「というわけで、しばらく先輩をストーカーします」

「はぁっ!?」

「よかったですね、先輩。かわいい後輩に好かれて」

「いやいやいやいや」

「これは決定事項です。毎日会いに行ってやりますから覚悟しやがれください」


 箇条は脅迫するような目つきで、一方的にそんなことを決めてしまった。

 確かに箇条の存在は心強い。考察力……は知らないけど、少なくとも情報収集に関しては知人の誰よりも長けている。なにより、影に恐怖心を抱いている僕にとっては安心感も得られる。

 けれど、やはり巻き込むことには賛成できない。

 それだけじゃない――しのぎの最期の真相に、近づいてほしくなかった。


 僕はなんとかして考え直させようと試みる。


「学校での僕の立場は知ってるだろう?」

「知ってますよ」

「箇条に迷惑だって」

「迷惑じゃありません。ていうかもう手遅れですけど」

「また友達減るよ?」

「ゼロなのでこれ以上下はありません。喧嘩売っとるの?」

「僕じつは美人の彼女がいて、」

「先輩童貞ですよね」

「取り憑かれでもしたらどうすんの」

「そのときはそのとき」

「箇条よりかわいいがいい」

「は?」

「実は女性恐怖症で――」


「だぁぁあああもうッ! 往生際が悪いってんですよ! とにかく、異論は認めませんから!」


 箇条は最後に抗議の全てを一蹴いっしゅう。見たこともないちょっと怒った顔で、ほぼ水となったグラスの中身を吸いはじめた。ご機嫌をそこねたようだった。「もう抗議は受け付けません」とばかりにふん、と鼻を鳴らし、顔を背けてしまう。


 にもかかわらず席を立つ僕についてくるあたり、箇条の宣言は固いようだった。

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