金色とは言えない休日 2

 奢りで頼んだワッフルを堪能している間、箇条は図書スペースで借りた本を読んでいた。高白市や三糸ヶ先周辺をまとめたガイドブックのような内容らしく、開かれたページには緑豊かな風景写真と説明文が載っている。見たところ、刊行された年代は少し昔だ。どうして箇条がそんな本を読んでいるのかは、すぐに察することができる。


「あの神社を調べてるの?」

「はい。学校の図書館よりこっちの方が多いですし、さっきも言ったとおり先輩に聞きたいこともありましたからね。だから今日は呼んだんです」


 箇条の意図は理解できた。

 先日のあの恐怖体験は、未だに僕らのそばにある。幸い、あの日以降追いかけられてはいないけれど、神社から僕の自宅までついてきていたことは箇条にも知らせてある。

 そんな箇条が今調べているのは、あの神社と……影の正体だろう。

 三糸ヶ先に伝わる伝承などから、影がどんな存在なのかを探っているのだと思う。神社と影に関係性があるのではないかと思考を巡らすのも自然な流れだ。影を、神社を理解することは、またあの影と遭遇したときのための備えにも繋がる。

 人は、無知という恐怖に備えるために知識を蓄える生き物なのだ。


「で、聞きたいこととは」


 僕がフォークで刺したワッフルを口に運びながら聞くと、箇条は顔を上げて複雑な反応を示した。


「いや、その。今まで散々先輩の嫌がりそうな噂話を持ち込んできた私が言うのも変なんですが。聞かれたくないことだったら答えなくていいですからね?」

「今更だなほんと……それなら普段からその確認をしてほしいんだけど」

「そんなことしたら百パー断るじゃないですかせんぱいっ」


 ダン、と机を叩き、唇をかむ後輩。

 そんなに僕を苦しめたいのかこやつは。でもまあ、箇条にもそういう遠慮する感情があったことは嬉しい。正直『平気で他人のデリケートを踏み荒らすクズ』と思っていたのだけど、こいつも人間だったんだな、と謎の感動すら覚えている。


「なんで泣いてんですか。ちょっとやめてくださいよ周囲からの目が痛いんですけど」

「い、いやなんでも。話を戻そう。別に気にしたりしないから、箇条の聞きたいことを聞けばいい。他言無用だけど」

「ありがとうございます。じゃあえっと、しのぎ――先輩のお姉さんのことなんですけど」


 あっさりと箇条が口にした名前に、僕は驚いて息を詰まらせた。


「……」


 なるほど。全部合点がいった。

 箇条なら聞いてくるだろうな、とは思っていた。常日頃新聞部で情報を追い求めているハイエナだ、神社で僕のこぼした名前をスルーなど、するわけがない。影の正体に関係するかもしれない名前なのだから。

 僕はフォークをそっと置いた。


「どこまで調べた?」

「正確なことはなにも。『しのぎ』って名前が先輩のお姉さんなんじゃないかと思って聞いてみたんですが、その反応は当たりですね?」

「よくわかったね」

「今までやってきた噂の確認で、先輩が姉を失ったのが事実なのは知ってましたから。神社での反応を見れば想像は容易でした」


 僕は逃げも隠れもしない、と両手を挙げた。

 ワッフルの対価としては少し意外だったけれど、あまり取り乱すこともなく、おとなしく彼女の質問を待つ。


「単刀直入に聞きます。先輩はあの影の正体を知ってるんですか? やっぱりお姉さんなんでしょうか?」

「知らない。僕が教えてほしい。ただ、死んだ姉なんじゃないかとは思っている」

「遭遇したのはあの日が初めてですか?」

「そうだよ。現実で会ったのはあの日が最初。その前に夢の中が初対面だったけど」

「夢……。それについて教えてください」


 箇条は身を乗り出してきていた。僕は冷めたワッフルを食べきることもなく、真っ直ぐ向かい合って箇条と話す。

 内容がしのぎについてなだけに、不思議と真剣になっていた。

 僕も、影についての箇条の考察をアテにしていたようだ。

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