金色とは言えない休日 4

 お盆ではないけれど、その日の午後は墓参りに行く予定だった。箇条はさっそくストーカーを開始する。

 図書館から駅に移動した僕は切符を買わず、駅前のロータリーに停まるタクシーに乗車。より近い西の山方面へ向かった。

 タクシーを降りてから少し歩くと、山のふもと付近の墓園が見えてくる。

 ゴールデンウィークに突入したことで、墓参りにおもむく人々は多い。広い墓園を、各々の場所を目指して歩く姿が見受けられる。僕は入り口で桶を手に取って、しのぎの墓へ向かった。

 山中の墓園ということもあってか、道中は坂道が多い。わざわざ付いてきてしまった箇条をやや気にしつつ、ゆっくりめに歩みを進める。

 すると、箇条はタイミングを見計らって話しかけてきた。


「お姉さんは、どんな人だったんですか?」

「しのぎがどんな人だったか、か……正直、僕もはっきりしてないんだ」

「はっきりしてない?」

「しのぎは姉だけど、姉として振る舞うことはほとんどなかった。家族というには他人行儀な話し方をしてたことだってある。でも基本は穏やかな優しい性格で、それがみんなから慕われていた理由なんだろう」

「へぇ。まあ概ね想像どおりです。品行方正だったってことですか」

「家でも、ね」


 墓園の中、左右に広がる墓石の間を歩くうちに、他人の姿は消えていく。ある人はそこで、ある人は向こうで、眠る大切な人のもとへ。

 ここを訪れる人々は、今は亡き誰かを思い浮かべていることだろう。

 それは、こうして後輩と話す僕も同じだった。


「けど、」

「けど?」

「僕からすれば、怖くもあった。優しくて穏やか。本気で怒ったことはないし、いつだってしのぎはみんなから望まれるしのぎだった。でもその在り方は、とても空虚だ」

「……」

「感情を見せず微笑む姿は、どこか違う世界から眺める観察者のようだった。怒りを見せずに落ち着いている姿は、マニュアルにそって受け答えする人間のお手本みたいだった。腹の内を探ろうとしても、雲を掴むかのような反応しか引き出せない。本質を晒さずただ微笑んでるしのぎは、例えるならすべての事象を予知している神様のようでもあった」

「先輩がそこまで言うなんて、相当ですね。なおさら会ってみたいですよ」

「最近会ったろ、神社で」

「それは影でしょう。というか、私はまだお姉さんと決めつけたわけじゃないですから」


  そう言い張る箇条をスルーして、僕は目的地の前で足を止めた。

 墓園の中でも端のほうにある、少し雑草が生えてきているスペース。御宇佐美しのぎの墓だった。


 僕には、まだ分からない。

 しのぎの考えていたことが、わからない。かつて見せていた感情が、全てうわべだけのものなんじゃないかとすら思う。

 しのぎは、僕をどう思っていたのだろう。


「そんなお姉さんの今は、どういう状況なんですかね」

「どういう、とは?」

「先輩の勘を信じるとすれば、あの影は死んだはずのお姉さんです。ということは、幽霊みたいなものだと捉えればいい。だとすると、です。なにか目的があると予想します」

「まあそうだろうね」

「今のところ分かっている行動の意図は、先輩のみです。それも、先輩のあとを追いかけるというところまでで、本当のところなにをしたいのかは不明」


 荷物を下ろしながらチラリと横に目を向けると、箇条はまたも真剣な表情で考え込んでいた。


「その点についてはもういいだろう。夢で言ってたんだ、『助けて』って。答えは出ている。しのぎは僕に助けてほしがってるんだ」

「助けてもらう……なるほど。具体的には?」

「……」

「幽霊というものが仮に存在するとして、彼女らが顕れたのは、強い想いがあるからだと考えます。恨みや憎しみとか。未練という目的があるからよみがえる。自然な考え方です」

「そうだな」

「じゃあ、お姉さんは? 先輩のお姉さんは、どんな未練を抱えてよみがえったのでしょう」


 ドキリとしたのを、僕は表情に出さないように努める。

 しのぎの未練。

 そんなの、電車に轢かれたこととしか思えない。しのぎは死の瞬間に、とんでもなく大きい絶望を味わったはずだ。

 弟に、見捨てられたのだから。

 我が身かわいさに自分だけ助かった僕を恨んで当然だ。


「お姉さんはなぜ弟の先輩に助けをもとめるのか。助けるといったって、なにをすれば『助けた』ことになるのか。そこにどんな未練が存在するのか……。うーん、やっぱりわかりませんね。情報不足です。もっと教えてくださいよ」

「……僕はしのぎにくっついてたオマケみたいなものだったから、聞かれても分かんないよ」

「答えてくれないんですね、ケチ」


 ははは、と話題を流しながら掃除を始める。

 箇条はその場に突っ立ったままで、複雑な顔をしていた。



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