レンズ越しの雑音 9

 駅で次の電車を待ち、搭乗。

 三十分ほどかかる車内で、箇条は影に対する恐怖を改めて口にした。膝の上で両手を固く握りしめながら、真剣な面持ちで。


「動けなくなるし、先輩はおかしくなるし、すごく、すごく怖かった……。もうあの道を通るのはやめた方がいいです」

「そう、だね」

「先輩も。もうあの裏道を使うのはやめてください。危険な霊とかだったら、どんなことになるか分かりませんから」


 箇条の言うことはもっともだった。

 非日常的な経験をした僕たちは、危険であることを身を以て知った。人間としての本能が『関わってはいけない』という答えを導き出している。あれを理解してはならないと。

 僕は腕を組むフリをして、二の腕をさすった。

 神社から離れてからこっち、鳥肌がおさまらなかった。冬でもないのに、未だに寒気を感じていた。夕暮れに変わっていく車窓の外を眺め、先ほどの出来事がウソだったんじゃないか、そうであってほしいと願った。

 箇条も同じなのだろう。無言になるのが怖いのか、会話を途切れさせようとはしない。加えて、周囲を警戒してたびたび視線を巡らせる。

 得体の知れないあの影の詳細を、僕らは知らない。そのため、よくあるホラー映画の知識が悪い想像をかきたて、過敏になってしまう。


「箇条」

「なっ、なんですか」

「家まで送るよ」

「え」


 いつもなら、箇条は僕の降りる一つ前の駅で下車する。たまに付き添って同じ駅で降りることもあるが、それでも駅前の喫茶店どまり。恋人でもない異性の家にまで着いていったことなんて一度たりともない。

 けれど、今日はそんなことも言ってられない。


「い、いいんですか?」

「いいよ。どうせ一つ駅が違うだけなんだから。あんなことがあって一人で返すことはできない。なにかあったらどうする?」

「それは、そうですけど……怖くないんですか? 先輩、一人で帰る距離が長くなりますよ」

「怖いよ。怖いから少しでも箇条と……いや、なんでもない」


 あやうく変なことを口走りそうだったので誤魔化す。箇条は僕の不審な態度にハテナを浮かべていたが、「よかった、先輩が人間らしくて」とこぼすと、安心したように軽く笑った。



 さて、あの影。

 黒いモヤにつつまれ、ノイズがかった耳障りな音を発する人型。明確な空気を有する異形。


 それを僕は、あろうことか姉と――しのぎと重ねている。


 確たる理由なんてない。ただ、夢で見た影をしのぎだと思い込んで、それが現実にも現れたから、神社で遭遇した影もしのぎだと考えただけだ。

 夢で見た影と、現実で相対あいたいした影。

 二つが同一であるなんて、曖昧な夢が関与しているのだから証明できない。それでも僕は、あの影は同一の存在だと思う。神社であの雑音を聞いたとき、耳を澄ませてしまったのだ。夢で聞いたものと同じ砂嵐の音に、しのぎの声が混ざっているのではないかと期待して。死者の声に耳を傾けようとしたんだ。

 結局は、聞こえなかったけど。

 なら、神社にいた影はしのぎとは別?

 そう考えはしても、頭は納得してくれなかった。

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