レンズ越しの雑音 6

 放課後になった。

 帰り支度を済ませて廊下に出ると、待っていたかのように箇条が声をかけてきた。相変わらず周囲からの視線をまったく気にしない様子で、授業終わりとは思えないテンションだ。


 僕は箇条と駅へ向かう。

 東京と比較すれば間違いなく田舎と呼ばれるここ、三糸ヶ先。それゆえ、うちの生徒が通る駅までの道のりは決まっている。

 ノ道通り。僕の住む高白市でもあまり見ない、古い雰囲気が残る商店街通りだ。

 一昔前の味を保った弁当屋、おばちゃんがひっそりと経営しているパン屋、狭い店内に婦人服を詰めた店。何年前の本を売っているのだろう、小さい本屋。あとは郵便局の支店や三糸ヶ先の歴史博物館なんてのも連なっている。

 向こう――高白市の商店街は数年前に大規模改装され、モールに近いカタチとなった。そのため利便性は上昇、トラウマを思い出す頻度も減るという、僕にとってはありがたい発展を遂げている。

 反面、未だ昔ながらの在り方を保つ三糸ヶ先こちらの商店街は、あまり好きになれない。歩けば、しのぎを思い出してしまうこともしばしば。なので僕は日頃からこの道を通ることを避けていた。

 代わりに、人目から逃れるようにを使っている。




「相変わらず、静かな道ですねー」

「人は居るよ。無人じゃない」

「でも、不気味じゃないですか?」

「……まぁ、少し。今は明るい時間帯だからそんなでもないけど」


 三糸ヶ先の商店街から細い脇道に入ると、砂ノ道通りと平行して伸びる、もう一つの通りが現れる。学生も利用する分、まだ活気を残している大通り。しかし一本ズラすだけで、世界はガラリと変化する。

 連なるのはスナックや居酒屋の看板。どれもLEDとは思えない弱々しい光で発光している。間には、人の気配を感じられない空き家。何年前かの選挙ポスターを貼られたシャッター。ホコリを被った人形が窓際に座る、時間の止まった散髪屋。

 車の通行も禁止されているため、スラム街としての不気味さは健在である。

 そんな時代に置いて行かれた通りだが、路面だけは、どうしてか歩行者に合わせ整備されていた。



「――っていう噂を聞いたんですけど、これはどうなんですか? 真偽のほどは」


 裏通りには流れているBGMもなく、静寂に包まれ箇条の声がハッキリと耳に届く。それを、僕はあまり深く考えず「ノー」「イエス」と答えていった。

 暗い雰囲気を紛らわそうとしているのか、会話は止まらない。

 ……箇条はとても物好きだ。

 人から逃れるようにこんな道を通る僕に、わざわざついてきてくれる。先輩なのだから箇条の通りたいルートに合わせるべきなのだけど、彼女は軽く「いいんですよぉ、私ったら優しいので」と偉そうに許してくれる。箇条なりに僕の置かれた立場を案じてくれているようだ。

 なんて、人知れず感謝していると。


「あ」


 不意に箇条が声を上げた。

 小走りで少し進むと、そこにたたずむヘビの像の前でかがむ。


「今日も私たちをお守りください」


 御利益ごりやくがあるのか、そもそも何から守ってもらうつもりなのか。ここを通る度に毎度拝む姿は疑問を抱くが、僕は深く追求せずに見つめた。

 白い石を削って形作られたヘビ。通りの端にぽつんと佇むその像はなぜか綺麗に保たれており、瞳にはめ込まれた赤い宝石が妙に目を引く。誰かが日頃から掃除しているらしい。

 僕は立ち止まったまま、俯瞰ふかんするように周囲を眺めた。

 このヘビは、いったい何の像なのだろうか。今までまったく気にしたことがない。だけど、とても神聖な雰囲気を感じるのは確か。箇条のように拝んでしまうのも頷ける。

 少し進んだところに何かのほこらがあるのも一つの理由だ。決して大きくはないものだが、赤い鳥居が立っている。看板に書いてあることも難しくて読めない祠で、人目につかない場所に建っている分、空気はひと味違う。このヘビは、まるでその祠を守る門番のようにも思えて、妙に背中がざわめいてしまう。


「ここ、なんなんでしょうね」


 少し進んで、くだんの鳥居を見つめながら、箇条は小首を傾げた。一応、ここは神社という扱いになるらしい。


「さあ。こういうのを解明するのは、箇条の得意分野じゃないのか」

「私もちょっと調べようとしてみたんですけどね……あまりに知名度がないのか、書籍にも載ってないし、聞き込みするにも、存在すら知らない人ばかりでした」

「新聞部期待の新人が、聞いて呆れるなあ」

「私は先輩の噂集めでいそがしいのでっ!」


 ビシッと敬礼する箇条に、僕は呆れながら笑みをこぼした。


「もはやストーカーだね」

「言い方!」

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