レンズ越しの雑音 5

 今日の授業は、妙に集中できなかった。

 今朝の手紙に書かれていた、僕に対する罵詈雑言、恨み言などが原因ではない。そんなものは教室に入るなり破ってゴミ箱にポイした。

 理由を探せば、すぐに思い当たる。


 夢の内容が頭の奥にこびりついて離れないのだ。


 いつもどおりの夢であったなら、今頃僕の頭の中は別のことで一杯だっただろうが、今回の内容はどうしても気になってしまう。先生の声を聞いているつもりでも、あの雑音に混じった不気味な声が集中力を妨げる。

 やはり、しのぎのことに関して思い詰めてしまっているから、本来の彼女とはほど遠いカタチで夢に現れたのだろう。つまりあの言葉は、僕がしのぎに言葉というわけだ。

 しのぎには僕を恨む権利がある。

 どこかでしのぎに咎めてほしい自分がいるのだとすれば、あの夢もうなずける。そう。僕は願っている。姉の代わりに生きてしまった僕を、罰する存在を。アレは無意識に創り出し見せた、そういう幻想に違いない。



「なあたすく。今日カラオケ行ってみないか?」


 そんな一言で、僕は現実に引き戻された。

 手に持った購買のサンドイッチを頬張りなから、呆れつつ返す。


「なんで僕が」

「いや、お前そういうのとは無縁そうだなーと思って」

幹人みきととは生き方が違うんだ。僕がカラオケに行っても歌える曲なんてないし、シラけるだけだよ」

「そんなことないと思うぞ? 中にはお前の歌声を聞きたいヤツとかいるだろ、一人か二人くらい」


 まあ箇条とかなら『先輩が? 面白そうですねえ!』とか言って、喜んでついてきそうだけど……彼女は特殊だからなぁ。

 チラ、と周囲に注意を向けると、遠くでグループになって昼食をとっている女子数人が僕から逃げるように視線を外した。見かける度に『あ、人殺しの……』とわざわざ口にする女子も含まれていた。


「冗談」


 僕は興味なさげに肩をすくめた。

 幹人は確かに良いヤツだ。僕に関する噂のあれこれを気にせず、単に席が近いという理由だけでこうして気兼ねなく接してくれる。僕が学校で完全に孤立せずにいられるのは、間違いなくこの幹人と箇条のおかげだ。

 ただ、幹人の誘いには乗れない。

 参加するとなればこいつは間違いなく他に人を呼ぶ。僕と噂関係なく友達になってくれそうな人を引き合わせてくれる。橋渡しをしてくれる。だけど、僕にとってそれは毒でしかない。

 行きすぎた善意は、ときに人を苦しませることだってあるのだ。


「それ以前に、放課後はもう予定が入ってるんだ」

「そうなのか? いったい――ははーん」

「なにか言いたげな目だね」

「ゆらちゃんも健気だなぁ」

「絶対勘違いしてる。これはそういうのじゃないんだって」

「ゆらちゃんと会う、ってところは否定しないんだな」

「ぐ……」


 幹人は軽く笑った。


「まあいいじゃねえか。そんなら俺はおとなしく引き下がるぜ」


 いや、実のところ幹人にもついてきてほしいのだけど、そこまでして付き合わせるのも違う気がする。せっかく気を遣ってくれているのだから、こっちも素直に受けとろう。

 ……ちょっとしゃくだが。

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