レンズ越しの雑音 4
それ以来、僕を取り巻く環境は一変した。
転校は中止となり、この地に留まることになったのはともかく、周囲から絶大な人気を誇っていた姉の知人からは当たり散らされることもあった。当時待ち合わせしていた友達の態度は一変し、好意を持っていた良二からは殴られもした。男子の陰口は噂となって一人歩きし、女子の冷たい視線が毎日のように突き刺した。
高校生になってからも環境は改善することはなく、むしろ悪化したかのように思う。同じ高校に入学した同級生を元に噂はすぐに
家族の死が、僕を人殺しとして作り上げた。
夜な夜な夢でうなされるようになったのも、この頃からだ。
「……あ」
仏壇の前に座って、既に十分近くが経過していた。
正気に戻り顔を上げると、僕は過去の思い出を振り払うようにぎゅっと目を閉じ、また開けた。
いつまでもこうしてはいられない。叔母も出た後なのだから、学校へ向かう支度をしなければ。
最後に、僕は今日もしのぎへ謝罪した。
「ごめん、しのぎ――」
北へ向かう電車に揺られ三十分。流れていく景色を眺め、
憂鬱な気分は晴れないまま、高校へと着いた。
靴を入れるロッカーの扉を開けると、中には一枚の手紙が入っていた。
この高校に小学校からの同級生がいなければ、僕は心躍らせていたことだろう。実際にはウキウキになるどころか気分が悪くなる代物なのだけど。
「またか……懲りないな」
ため息を吐き、適当にポケットに突っ込もうとしていると、背後から肩を叩かれる。
「おはようございます、せーんぱいっ。なにしてるんですか?」
憂鬱な朝をこれほどまでに感じさせない女の子は他にいない。それほど明るい雰囲気をまとった生徒がそこにはいた。
「もしかしてソレ……やだ、おモテ?」
「ああそうだよ。熱烈なアピール。一週間に一度は入れてくれる」
「めちゃくちゃ熱心じゃないですか! 先輩にもそんな人がいたんですねー、顔は普通ですけど」
僕は好奇心をいたずらに刺激しないよう、素早く手紙を仕舞う。そして適当に話題を変えながら歩き出した。
新聞部に所属する一年生、箇条ゆら。
行動力と物怖じしない性格で情報収集している期待の一年生……ではあるのだが、集めるネタが新聞に掲載できないディープなものがほとんどのため、部でも浮いた存在となっているそうだ。「気になったことを探求するのは好き、どうでもいいことを探求するのはつまらないですっ」と語っていた点を踏まえると、箇条は新聞部というより『ただ面白そうなことに首を突っ込んでくる迷惑な生徒』という印象が強い。
そして現在箇条が集めている情報のひとつに、僕の噂が含まれている。昨今はこれといって突出したネタがないのに対し、一人歩きした噂は集めていて面白いのだとか。そのため新しい噂を仕入れれば、その都度「こんな噂が流れてたんですけど、ホントです?」と正誤を確認してくる。
個人的に、こいつはバカなんだと思う。僕と話すことでさらに周囲から浮いていることには気づいているのだろうか。面白い噂と自分の身を量る天秤がおかしくなってるんじゃないだろうか。
しかし、それとなく
「先輩、今日の放課後あいてます?」
「忙しい」
「そう言うときの先輩は、基本的になんの用事もないですよね? 知ってます」
「……」
箇条は基本的に強引だ。
察するに、いつものアレだろう。
「一緒に帰りましょう。ついでに噂の精査してくださいよ」
「やだよ」
「なんでですかっ」
「いやだって、箇条の集めた噂って、ほとんど僕の悪口じゃないか。正直聞きたくない」
「そっ、それはそう……ですけどぉ」
ついてきていた箇条が、口ごもりながら立ち止まった。まるで犬のようにシュンと肩を落とす。
そんなに落胆することか、とは思うけど、どうしてかこの姿を見るとばつが悪く感じる。
「先輩のほかに話し相手とかいないですし……」
「元を正せば僕と話してるからだと思うけど」
「ぐぅ」
「……まぁ、気が向いたら」
そう言った途端、パッと顔を輝かせる箇条。
「ほんとですか! じゃっ、じゃあ! 校門で待ってますので! もし時間があったらカフェにでも寄りましょう!」
「え、いやそれは」
「それではまた放課後!」
呼び止める声も届かず、嬉しそうに去って行った。
僕は廊下に取り残され、頭をかいた。いつのまにか箇条に対して甘くなっているような気がする。
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