小旅行

宵埜白猫

小旅行

私は最近、小説を書いても絵を描いても、すぐに手が止まるようになった。

前は気にならなかったワンフレーズや少しはみ出した線が、どうしても気に入らない。

その度に全てを消してかき直す。


前みたいに情熱が持てなくなった。

大学のレポートや卒論も、執筆や絵も。

始める前にやる気が霧散する。

2つ掛け持ちしているバイトは最寄り駅を出た瞬間から家に帰ることを考えているし、その家のシンクには洗い物が溜まっている。


今はバイト以外で外に出ることはほとんど無くなった。

とは言っても本や食べ物は買いに行くし、たまに外食もする。

だけど、遠くの町に各駅停車の電車に乗って旅行することも、同人イベントを楽しむことも、今は出来ない。

どうやら刺激が足りないらしい。


私は気分を変えようと、寝間着代わりの作務衣のまま弟のビーチサンダルを履いて外に出た。

いつもは付けるヘッドホンも、今日は置いていく。

マンションの裏には行きつけのコンビニ。

午前零時で営業を終了し、今はカーテンが降りている。

少し奥まで歩くと公園がある。

公園は広いが、暗くて中がよく見えない。

中央にあるベンチにでも座ろう。

そう思って歩いていくと、掠れた男の声が聞こえる。

何を言っているかは分からないが、一人分の声しか聞こえないのが不気味だ。

私は素知らぬふりで公園を通り抜けた。


さて、何処へ行こうか。

あまり遠くへ行く気は無かったけれど、少し歩いてみるのも良いかもしれない。

表通りに出て、家とは反対側に歩いてみる。

10分ほど歩いたところで、ビンのぶつかる音が聞こえた。

前を見ると、ゴミの収集業者がホテルのゴミを回収している。

そもそもこんなところにホテルが有ることを初めて知った。

ゴミ収集車が去り際に砕けたビンを落とす。

悪臭が鼻につく。

そのまま進むと、行き止まりだった。


私は反対側の歩行者道路に渡る。

車通りは少ない。

目的地は家からは少し離れた、もう一つの公園。

以前弟と逆上がりをした。

二十歳そこらの男三人で何をやっていたのか、今となっては可笑しな話だ。

公園前にある高架下を通るとき、普段は聞こえない音が聞こえる。

コンクリートの壁に、足音が反響する音だった。

今までは電車や車、耳に付けたヘッドホンから流れる音楽で全く気づかなかった。

どうやら夜と昼では家の周りでも違う世界らしい。

公園に着いて、ベンチに座る。

幸いな事に、今度は私一人だ。

このエッセイを書こうと、久しぶりにスマホでカクヨムを開く。

いつぶりだろう。

ノートパソコンが来てからだから大体四ヶ月か。

そんな事を考えながら書き始める。

ちょうど『私が家を出る前』まで書いたところで、足の異変に気づく。

蚊に咬まれたらしい。

それも両足。

最近は外で足を止めることなんて無かったから、こんなのも久しぶりだ。


ふと気づく。

私に本当に必要だったのは刺激では無かった。

本当に必要だったのは、ダラダラと機械的に続くリピートされた毎日の中で、少し足を止めることだったのだ。

特別な場所に行かなくても、特別な人に会わなくても、世界は毎秒違う顔を見せてくれる。

今は遠くには行けないけれど、これが私の小旅行。

見知った場所の、見知らぬ世界への瞬く間の旅。

どうやらそれで良かったらしい。

拙くても、小説じゃなくても、こうやって文字が書けている。


今日の私が書いたこのエッセイが、今後の私の歩む力になりますように。

そして願わくは、これをここまで読んでくれたあなたの、力になれますように。


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