崩れた街
「隠れて!」
鋭く告げる彼女の声を背中で聴きながら、ぼくは瓦礫の影に飛び込む。つい先ほどまで立っていた場所は、銃撃の雨にえぐられていた。リリィの方は、朽ちたビルの中に飛び込んだようだ。
パッチワークのようになってしまったアスファルトと、地殻変動により好き放題に傾き崩れたかつてビルと呼ばれた建造物群。そんなエリアの中央で、ぼくらは略奪者の襲撃を受けた。相手は十名に満たない程度のようだが、全員が武装しているとみて間違いないだろう。弾痕を見る限り、銀コート弾を使用している。それであれば、リリィにも傷がつく。時刻は既に夜、彼女の力は日中よりは高まっているが、弱っている今は回復しきれないだろう。
物陰を移動し、ぼくらを探してきょろきょろと落ち着きなく辺りをうかがっていた手近な一人を音を立てずに拘束し、迅速に首の骨を折って殺した。いまの世の中で戦闘訓練を受けていない者はいない。全ての人間がそうであるようにぼくも心得があったし、それは大多数の人間よりも些か高度なものだった。本来はリリィの仲間達を殲滅するための力。人類連合軍が誇る精鋭部隊としての。
「と……なんだ、アンドロイドか」
変な手応えを感じたと思ったら、首の断面から機械部品と人工生体組織が見えていた。念の為手早くバッテリーパックを外すと、全てのアクチュエータの制御が失われ脱力した。
同じ手順でもう一人を仕留める。こちらもやはりアンドロイドだった。さすがに短時間に二人も応答がなくなれば気づかれる。アンドロイドの銃で威嚇射撃をすると、相手が悪いと判断したのか、略奪者達が逃げていくのが見えた。
もはや人の姿を見ることすら稀になってしまった状況で、珍しく活動しているグループがいると思ったのに。これではリリィに血を飲ませられない。
世界がこの惨状にたどり着く前は、雲霞のごとき人間の兵士達を彼女の仲間達が血祭りに上げる様子がよく目撃されたそうだ。人間には人間の義務と戦力とテクノロジーがあり、彼女達には彼女達の誇りと憤怒と魔力があった。飲みきれないほどの血が流れ、正義は影も形もなかった。力と力がぶつかって反応した。それだけのことなのだろう。
「よくやったわ」
何もしなかった怪異の王が偉そうな言葉とともに隠れ場所から登場した。
「多分、全員が野良アンドロイドだ。血がなくて残念」
「人間がいたとしても、もう飲みたくないわ」
リリィが小声で言う。この旅を始めて、何度となく聞いた言葉。
ぼくの血を提供しようと何度申し出ても、すげなく断られてきた。
その辺りの人間を殺してでも、ぼくは彼女に血を飲んで欲しかったのに。
「さあ、行くわよ」
明るい声を出して、彼女は歩き出す。
きっともう幾ばくも猶予はないのだろう。
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