02●打ち上げに至るまでの数々の一致点。まるで鏡面作品?
02●打ち上げに至るまでの数々の一致点。まるで鏡面作品?
クラークとハインラインが西暦1978年に人類を月世界へ送り込んだ計画、その事業主体とは、どんなものだったでしょうか。
●月計画の事業主体と、資金調達手法(放映権の販売など)の一致……
『宇宙への序曲』では、事業主体は民間の国際組織インタープラネタリー。
所在地は英国のロンドン、テムズ河の保存船ディスカバリー号繋留地の対岸にあります。【宇20】
1962年設立のインタープラネタリーは非営利団体であって、資金の大部分は政府の補助金と産業会社から得ています。【宇36-37】
インタープラネタリーの前身である
なお“最初の飛行の映画化権や放送権”の販売で費用を回収しています。【宇107】
『月を売った男』では、民間の宇宙航路会社スペースウェイズ社。主人公のハリマン氏ほかが設立。所在地は米国。【デ228、231】
寄付金の受け皿として、アメリカ
なお、月旅行および月面探検のTV放映権や出版権などを販売して収益を上げている点でも、『宇宙への序曲』と同じです。【デ334-335】
両作品ともに、月計画の事業主体は民間団体で、寄付と収益事業で運営されています。、「アメリカ地理学協会(ナショナルジオグラフィック・ソサエティ)」に準じた組織を作って募金を集め、国際的なPRを展開するところも共通しています。
さすがにハインラインの『月を売った男』では、計画失敗時のリスクヘッジに計画倒産まで組み込むあたり、アメリカ資本主義の香りがふんぷん。21世紀米国のディール好きな某大統領を思わせる周到な“銭ゲバ”ぶりですね。
●PR映画の一致……
両作品とも、月着陸の意義を訴えるPR映画を製作し、一般大衆の理解を得るためのプロパガンダに活用します。
『宇宙への序曲』では、映画フィルム“宇宙への道”が上映されます。【宇50-56】
『月を売った男』では、主人公のハリマン氏が宇宙旅行の意義を語るビデオが製作されます。【デ262】
●月旅行の往復時間の一致……
『宇宙への序曲』では、“月に到達するには(片道)百時間を要する”【宇111】とし、ただし月面では一週間の滞在を見込んでいます。【宇210】
『月を売った男』では、“(乗組員を)最大限二百時間生かしておく”【デ325】との描写があります。
このことから両作品とも、地球打ち上げから月に着陸、離陸し、再び地球への帰還まで、現地滞在時間を除いて、“往復二百時間”で一致しています。
史実では、アポロ11号の打ち上げは協定世界時(UTC)の1969年7月16日、地球帰還は7月24日。その任務期間は計8日と3時間18分35秒、およそ195時間でした。
クラークとハインラインの未来予測の正確さを物語りますね。
●月宇宙船の乗組員数の一致……
『宇宙への序曲』では最初の月宇宙船の乗組員は“五人のうち二人が予備要員として地球に残る”【宇116、188】ので、正規で三名。
『月を売った男』でも最初の月宇宙船の乗組員(計画)は三名【デ283】。
両作品とも三名。後年のアポロ宇宙船も三名でしたね。
●月宇宙船の動力源の一致……
『宇宙への序曲』では、船名はプロメテウス号。滑空機タイプの母機ベータ(200トン)の背中に子機アルファ(300トン)を背負った親子構造であり、母機ベータが地球の衛星軌道上へと子機アルファを運搬して分離、アルファは軌道上にあらかじめ浮かべておいた燃料タンクから補給を終えて月へ飛び、直行でそのまま月に着陸。
帰路は月を離陸して地球軌道へ戻り、再び母機ベータにドッキング、アルファを背中に載せた状態でベータは大気圏に突入し、滑空して地上へ帰還します。【宇10-11、104-105】
母機ベータ、子機アルファともにロケットモーター・システムは“線焦点原子炉”をもちいた原子力ロケット。大気圏内では機体に取り込んだ空気を燃やす“原子力ラムジェット”で飛び、大気圏外ではタンクに積載するメタンを燃やして噴射します。【宇102-103】
原子力エンジンの放射能の遮蔽はデリケートな問題【宇55、162】で、のちに計画を妨害するテロリストが潜入して大事件を引き起こします。【宇227-240】
『月を売った男』では、船名は当初の計画時はサンタマリア号、計画途中でパイオニア号に変更。サンタマリア号は“ハーパー=エリクソン式同位元素人工燃料”を用いる単段式で再使用可能な高性能の原子力ロケット【デ220-221】。
一方、パイオニア号は化学燃料を用いる多段式ロケットです。【で320】
ただし原子力ロケットの放射能の遮蔽は難問であり、原子炉を搭載した人工衛星の爆発事故が先例となって、主人公のハリマンは原子力エンジンのサンタマリア号を米国内で発射する計画を取りやめ、南米パナマ・シティに打ち上げ地を変更すべきかと思案します。【デ312-315】
とどのつまり、原子力ロケットは“危ないから国外で”という発想ですね。そんなものを持ち込まれる国にとってはいい迷惑ですが、幸か不幸か原子燃料の追加入手が困難となって、ハリマンは打ち上げ地を米国内に戻し、紆余曲折ののち、化学燃料で飛ぶパイオニア号の使用を決断することになります。【デ315、320-321】
ということで……
両作品とも、ロケットモーターの動力は原子力。放射能の遮蔽に苦慮している点も同じです。その結果、“どこで打ち上げるか”が問題になってくる点も、同じです。
●地球衛星軌道上における燃料補給デポ設置構想の一致……
『宇宙への序曲』では、母機ベータがあらかじめ燃料タンクを背負って打ち上げられ、衛星軌道に残置、地表に降りたのち、本番用の子機アルファを背負って再び打ち上げられ、アルファだけが燃料を補給して月へ向かう、というシークエンスになります。【宇10-11】
『月を売った男』では、月旅行が定期化された時点で、事前に四基のロケットを打ち上げて衛星軌道に燃料タンクのステーションを設置、そののち、大型の月宇宙船を打ち上げて、軌道上で燃料補給を受けて月への旅路につきます。【デ377】
両作品とも、衛星軌道上にあらかじめ燃料デポのステーションを浮かべておき、そこで補給する、という発想は全く同じです。後年のスペースシャトルを思わせる宇宙輸送を、両作品とも構想していたわけです。
●打ち上げシステムの一致と、発射場の微妙な不一致……
さて宇宙船を地球の衛星軌道まで打ち上げる仕組みはどうするか、です。
これも両作品で一致しています。
『宇宙への序曲』では、砂漠の只中に全長五マイルの金属レールを
射出後、高空で宇宙船は原子力エンジンを点火、そうすることで地上への放射能汚染を軽減するものと思われます。
『月を売った男』では、山の斜面から頂上へ向けて走る、長大なカタパルトで宇宙船を射出する方式が計画され、“電気銃方式”の発射システムとして建造されます。【デ296-297】
(電気銃方式……って、つまりレールガン?)
ということで、両作品とも宇宙船の打ち上げシステムは、どうやら同じ仕組みの電磁カタパルトということですね。『機動戦士ガンダム』シリーズでおなじみの、今で言うマスドライバーです。
そこで、どこに建設するか、という問題ですが……
『宇宙への序曲』では、発射場の候補地にあがったアメリカ本土を、狭すぎるとしてあっさりと却下、ついでにアメリカ人の保守性について皮肉を一言。宇宙旅行に関してアメリカ人は英国人よりも遅れている。しかしドイツは英国よりも早かったけどね……などと言いたい放題。で、結局、英連邦傘下のオーストラリアで打ち上げることになります。【宇33】
『月を売った男』では、いったん候補地にあがったオーストラリアを、発射カタパルト建設に適した山が無いとして却下します。【デ282-283】
その後、大衆への宣伝効果を狙ってアメリカ本土のコロラド州に決定。“マニトウ・スプリングズからパイクス・ピークの頂上へ”とレールを建設します。【デ368】
発射基地の名称は、ピーターソン基地。
米国コロラド州のパイクス・ピーク(Pikes Peak)は標高4,301m(14,115ft)の実在の山。コロラド州に53座あるコロラドロッキーの山の一つとされます。
前者のクラークはアメリカを却下してオーストラリアへ誘致。
後者のハインラインはオーストラリアを却下してアメリカ本土へ誘致。
何やら我田引水な結論ですが、ライバル作家が、まるで示し合わせたかのように“オレっ
新進気鋭の若手作家同士、しかもSFという斬新な分野で、互いにひそかな対抗心を燃やしていた(?)のかもしれませんね。
それにしても、数々の一致点。
まるで合わせ鏡に映した、鏡面作品かと思えるほどです。
ほぼ同じ交通手段の旅行プランで、作品中の1978年に展開する月面到達競争。
さてはて、その目的地は、どこなのでしょうか?
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