クラークとハインラインが月世界到達レースを繰り広げた話。
秋山完
01●同じフライトプランで同じ年に、めざせ月世界!
01●同じフライトプランで同じ年に、めざせ月世界!
日本時間の2020年8月3日、民間の新型宇宙船クルードラゴンが、国際宇宙ステーション往復のミッションを終えて、無事、フロリダ沖に着水しました。
乗組員は二人。民間宇宙船による、初のISS往復有人飛行の成功であります。
おめでとう!
今回、なんといっても“民間”というのがいいですね。
というのは……
SFの世界では、宇宙旅行ってものは、基本、民間主導が常識なのです。
昔々……人類のロケットはいまだ軌道上にすら達しておらず、人々が指をくわえて夜空の無慈悲な女王たる“
西暦1950年頃にタイムスリップしてみましょう。
1950年代から70年代にかけて、世界のSFを牽引した気鋭の作家が三人いました。俗に“SF御三家”“ビッグ3”と呼ばれる、このお三方。
R・A・ハインライン(1907-1988):米国
アーサー・C・クラーク(1917-2008):英国~スリランカへ移住
アイザック・アシモフ(1920-1992):ロシア生まれ~米国へ移住
令和時代の若者には知られていないかもしれませんが……
ハインラインはあの名作『夏への扉』やアニメ・映画化された『宇宙の戦士』、
クラークはなんといっても、映画『2001年宇宙の旅』の原作、
アシモフは『われはロボット』『銀河帝国の興亡』シリーズなど、
SF作品の金字塔を次々と打ちたてた偉大な作家です。
以上、わかりきった説明ですみません。
で、本稿でご登場願うのはクラークとハインライン。
1950年当時、クラークは30代、ハインラインは40代、それぞれ英国と米国を代表する新進気鋭のSF作家です。
このころの宇宙旅行と言えば、何はともあれ月面到達。
両氏はほぼ同時に、人類が組織的に月を目指す作品を発表しました。
下記の二作です。
………………………………………………………………………………………………
●『宇宙への序曲』 Prelude to Space (1951年)
:クラークの処女長編です。
……ハヤカワ文庫SF(山高昭訳)1992 を底本にします。
【以下“宇”とページ数を表記】
………………………………………………………………………………………………
●『月を売った男』The Man Who Sold The Moon (1950年)
:ハインラインの“未来史”シリーズに属する中編です。
……ハヤカワ文庫SF 中短編集『デリラと宇宙野郎たち』に所収(矢野徹訳)
1986 を底本にします。【以下“デ”とページ数を表記】
………………………………………………………………………………………………
で、何を申したいかと言いますと……
この二作、人類が組織的な計画を立てて、有人ロケットを打ち上げて月へ行くという、まあそれだけのお話なのですが……
そっくりなのです。
並べて読み比べると、クリソツ感、なかなかのもの。
盗作じゃないですよ。明らかに異なる作品ですが、月旅行のやり方が……
クラークvsハインラインすなわち英国vs米国の陣営が鼻先を並べて、同じ条件を定めて月世界到達レースを繰り広げたのかと、驚いてしまうほどなのです。
有人ロケットがSFの夢物語だった時代の、クラシックなフライ・ミー・トウ・ザ・ムーン。
そこに、よっしゃ俺に任せろ! ……とばかりに、大西洋を隔てたライバルともいうべきSF界の二人の巨頭が参画し、共通の設定でどちらが早く月に到達できるかを競い合ったかのような作品、『宇宙への序曲』と『月を売った男』が読者の前に姿を現したのです。
それでは、要所を比較しながら、1950年当時の夢あふれる月旅行計画にせまってみることにしましょう。
*
●作品発表年の近似……
『宇宙への序曲』 Prelude to Space は1947年執筆、1951年出版。【宇268】
『月を売った男』The Man Who Sold The Moon は1950年出版。【デ422】
どちらが先、とは言い難いタイミングです。お互いにカンニングなしで、奇しくも全く同じ時期に同じテーマを着想して、具体的なアプローチを開始したのではないかと思います。それが結果的に、月旅行フライトプランの与件がそっくり!
お二方とも足並みをそろえて、“目的地は月!(DESTINATION MOON)”だったのですね。
では、それぞれの作品の舞台となる年代は、いつだったのでしょう。
●最初に有人月旅行が成功した年(作品世界の設定年)の一致……
『宇宙への序曲』では、1978年。“今日、1978年……”の記述【宇27】があり、また、月宇宙船の打ち上げ直前描写に“33年前”と明記して、1945年の世界初の原爆実験に触れられている【宇256】ことから。
『月を売った男』でも、1978年。これは創元推理文庫版の『月を売った男』1964 の“著者ハインラインによるまえがき” 【P8最終行】に明記されています。
いずれも作品中で、“人類月に立つ”とした年代は1978年で一致しています。
現実の歴史では九年早く1969年にアポロ11号で実現されましたが、これは米ソ宇宙開発競争の激化による軍事的要請に裏付けられた国家事業として、超特急で達成された目標なので、民間事業として進める前提の両作品では、1978年という設定は、決して“ハズレ”ではない妥当な未来予測だと思います。
それにしても、両作品とも、作品世界の中では全く同じタイミングで“人類月に立つ”プロジェクトを実施したわけです。
そのゴールインも同じ年。双方、全力疾走で月面到達レースを展開し、最終段階で激しいデッドヒートを演じたのではないでしょうか。
両作品に描かれたのは、1978年の月旅行。
今は過ぎ去りし、“なつかしき未来”のムーンツアーです。
では、このツアー、どこへ行けば申し込めるのでしょうか。
そう、ツアーの実施主体は……
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