第三夜 羽根



 夜中になんとなく目が覚めると、背中に翼が生えていました。

 お部屋の壁につっかえてしまいそうな、大きな黒い翼です。

 ――これじゃあまるで、コウモリ少女。

 どうせなら、天使みたく白くてフカフカな、羽根みたいなのが良かったな、そう思っても、やっぱり今の私には、こっちなのかな。

 寝る前に泣きはらした目がとってもウザかったので、夜風が欲しくて、二階の窓から飛んでみました。

 山も河も街も、ウソみたいに、とてもキレイでした。

 朝になると、翼は消えていました。



          ◎



 次の日は、久しぶりにちゃんと朝起きて、学校に行きました。

 昼休みの校庭に、あいつらがいました。

 みんなで眉毛剃って、子供の頃から馬鹿で、今も馬鹿で、たぶんこれからも馬鹿です。

 そんなのを、ケンジ君が、ひとりで真正面から、ボーッと見ています。

 ケンジ君の目は、イッちゃってます。

「……なんだあ? ケンジ」

 眉毛がないと、馬鹿ばっかりでも怖く見えます。

 でも、やっぱり、ケンジ君なら平気。

「えーと、俺、すっごく弱い。頭も悪い。虫」

 あいつら、ほんっとに変な顔してる。

「でも、お前ら、ウザい。……殴る?」

 みんなの見ている前で、ケンジ君はフクロにされました。

 みんな、馬鹿が馬鹿をなにかしている、そんな感じで見ています。

 いいんです。

 ケンジ君が馬鹿じゃないのは、私、ちゃんと知ってるし。

 あいつらが、いないほうがいいほど馬鹿なのを、しっかりみんなに、見てもらえば。

 先生とかだって、ちゃあんと窓から見てるはず。



          ◎



「ありがとう」

 放課後の校舎裏でお礼を言うと、ケンジ君はボコ顔で、ほんとにマジに言うんです。

「『愛君、僕は君のためなら、死ねる』」

 やっぱり、目がイっちゃってます。

 愛君じゃないし。

「それって、パクリ。古すぎ」

 へへへ、なんて笑ってくれるのは、ほんとはイッてないみたい。

「今夜は、ずっと家にいてね」

 わけを言わなくとも、ちゃんと約束してくれるので、ケンジ君ってとってもかわいい。



          ◎



『お小遣い、なんとかもらえました。今夜、河原のあそこに持って行きます。でも、今度はやさしくしてくださいね』



          ◎



 両手にバケツを持ってると、こんな大きな翼でも、ちょっとしんどい。

 おまけに、バケツいっぱい、石ころ入れてあるし。それも、なるべく大きいの。

 夜の河原に、あいつらがウンコ座りして煙草吸ったり、コンビニのなんか飲んだり食べたりしてるの、小さく小さく見えてる。

 ホントに馬鹿。

 あんたたちのキモチのいいことは、私には最悪だったよ。

 だから、私のキモチのいいこと、ちょっとおかえししてもいいよね。

 ――うわあ、すごい音。

 すごい声。

 あらあら、みんな頭から、なんか出てる。



          ◎



 お部屋に帰ると、なんだか、背中がちょっと変でした。

 白いお羽根も、ふわふわ舞ってるみたいです。

 ありゃりゃ。

 白くてフカフカの大きなお羽根が、お部屋につっかえてる。

 鏡の前で、ピポピポ、なんてポーズとっちゃったり。

 このまんま、ケンジ君のお部屋の窓に、コンバンワしてみたいかな、なんて思ったり。

 こんど、きちんと、おうち教えてもらおうっと。



                         【終】


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