第20話 やっぱりあの2人付き合っているんじゃ……

 明菜は学校中を見回っていた。外部の人間を招く学園祭という性質上、教師がトラブルに備えておく必要がある。もし、ここで問題が起きたら学校の責任問題になってしまう。


 久城学院の生徒側が問題を起こすとは思ってはいないものの、生徒がトラブルに巻き込まれる可能性は十分ある。明菜は警戒を続けた。


「蜂谷先生。少し気を張りすぎでは?」


 体育教師の牧田が明菜に声をかけた。牧田は明らかに明菜のことを狙っている。しかし、悲しいかな。その思いは明菜には届いてはいない。明菜にとって、牧田は単なる同僚の1人でしかないのだ。


「そうですか? これくらい警戒するくらいが丁度いいと思いますが」


「大丈夫ですよ。我が校が創立して以来、学園祭に問題が起こったことなど1度もありません。気を張るだけ損ですよ」


「はあ……牧田先生が言うならそうなんですね」


「それより、蜂谷先生も少し学園祭を楽しんでみたら如何ですか? 生徒が一生懸命考えた出し物を見てあげるのも教師の務めですよ」


「そうですね。わかりました」


 明菜自身も学園祭を楽しもうとした。明菜が真っ先に行こうとしたのはミコトがいるクラスだった。


 周囲の話では、ミコトが制作したゲームがプレイできるという話だった。明菜は、ミコトがどういうゲームを作っているのか興味があったのだ。


 早速、ミコトのクラスに足を運んだ明菜。しかし、そこにはミコトの姿はなかった。


「あ、蜂谷先生こんにちは」


 ミコトのクラスメイトが明菜の存在に気づいて挨拶をした。


「ああ。こんにちは。どうだ? 調子はいいか?」


「はい。お陰様で大盛況です」


「そうか……」


 明菜は少し落ち着かない様子だ。周囲をキョロキョロとしてミコトの姿を探している。だが、どこを見渡してもミコトの姿はなかった。


「ところで宮垣はどこに行ったんだ?」


 思い切って訊いてみることにした明菜。


「宮垣君なら今は外出中ですよ。宮垣君に用があるんですか?」


「あ、いや……別に用という程のことではないんだ。ただ、ゲームを作った宮垣の話を聞きたくてな」


 明菜にとって、ゲームはただの口実。本当はただ単にミコトと話がしたいだけであった。


「そうですか。どうですか? ゲームやっていきますか?」


「あ、いや。遠慮しておくよ。それじゃ私は他のクラスも回ってくるから」


 明菜は足早に立ち去った。クラスメイトたちはそのことに多少は疑問に思ったが、特に触れることなかった。まさか、明菜がミコトのことを気にかけているだなんて夢にも思ってないのだから。


 廊下をトコトコとアテもなく歩く明菜。周囲は学園祭で盛り上がっている中、ミコトに会えなかったことで少し気分が落ち込んでいる明菜。


 もうミコトのことは諦めようとしたその時だった。ミコトの後ろ姿を発見した。このまま声をかけようと思いミコトに近づく明菜。しかし、明菜は気づいてしまった。隣に絵麻がいることに。


 ミコトと絵麻は楽しそうに談笑している。その様子ははたから見れば恋人のように見える。


 ミコトと絵麻は明菜に気づくことなく、喫茶店をやっている教室に入って行った。明菜は廊下に独り取り残されてしまった。


 明菜は頭の中で嫌な考えがぐるぐると渦巻いていた。やっぱり、ミコトにお似合いなのは、絵麻なのではないかと。あんなに楽しそうに笑っているミコトと絵麻を見ていると、自分の方が邪魔をしているのではないかと思ってしまう。


 事実、絵麻はミコトに対して好意を抱いているのは明菜も知っていることだ。ミコトの気持ちはどうかは知らないけれど、2人の間に入るということは、少なくとも絵麻の気持ちを踏みにじることになる。


 明菜だって恋愛をしたことがないわけではなかった。友人が好いている男子から告白されて困ったことだってあった。その経験から、恋愛は人を傷つける可能性があることは知っている。


 あの時の例では、傷つける対象が同年代で対等な立場の友人だったから、まだ良かった。けれど、今度のケースは違う。ミコトとくっつくことで傷つく可能性があるのは大事な大事な生徒だ。生徒を傷つけるだなんて教職者としてあってはならないことだ。


 明菜はただ廊下で立ち尽くしていた。折角ミコトを発見できたのに、結果落ち込むことになってしまった。


 十数分の時が過ぎただろう。ミコトと絵麻が教室から出てきた。


「それじゃあ、藤林さん。僕はそろそろ自分のクラスに戻るよ」


「うん。じゃあまたね、楽しかったよ宮垣君」


 ミコトは絵麻と別れて自分の教室に戻ろうとした。その道中、廊下の端で立っている明菜を発見した。


「あれ? 蜂谷先生。どうしたんですか? こんなところで」


「あ!? み、宮垣。ふ、藤林はどうした?」


「藤林さん? さっき別れましたけど。どうして僕が藤林さんと一緒にいたことを知っているんですか?」


「え、そ、それは……あのだな。えーと……さっき、偶然見かけて……」


 無駄にしどろもどろになる明菜。普段の凛々しい感じとは違うことにミコトは疑問を抱く。明菜の調子がどこか悪いのではないかと心配する。もちろん、明菜は体の別に調子が悪いわけではない。強いて言えば、心の調子が少し乱れているだけだ。


「なんだ。見かけたなら声をかけてくれれば良かったのに」


「ふ、2人の邪魔をしたら悪いのではないかと思ってな」


「邪魔? なんでですか? 先生を邪魔だなんて思ったことは1度もありませんよ?」


 首を傾げるミコト。ミコトにとって絵麻はあくまでもただの友人。周囲から恋人、もしくは友達以上恋人未満の関係のように見られているという自覚は全くない。だからこそ、明菜の気持ちが理解できないのだ。


「あ、そうだ。先生。僕が作ったゲーム遊んでくださいよ」


「え、い、いや……」


「嫌なんですか? 先生。僕の要求を断れる立場でしたっけ?」


 ミコトは意地悪く笑った。もちろん、本気で脅迫するつもりなどない。ミコトは明菜に嫌われたくないから明菜が、どうしても無理だと断ればそれ以上の要求はしない。


「い、忙しいんだ私は」


「そうですか……なら残念です」


 ミコトはしょんぼりとした顔を見せる。明菜はそれを見て悪いことをしたなと思った。明菜の秘密を握っているミコトが本気を出せば無理矢理プレイさせることもできただろう。でもミコトはそれをしなかった。明菜の自由意志を無視することはしたくない。それがミコトの心情であった。


「あ、いや。やっぱり暇になった」


「どっちなんですか」


 明菜の手のひら返しにミコトは思わず突っ込んでしまう。明菜としてはミコトの悲しむ顔が見たくない。そういう思いだった。


「本当に大丈夫。大丈夫だから。宮垣のクラスに案内してくれ」


「はい。わかりました。では行きますよ」


 2人はミコトのクラスに向かった。ミコトと明菜は相性診断テストをやることになった。


「この質問に答えて行けばいいんだな?」


「はい。僕は既に何度も回答済みですけど、ゆっくりと考えてもらって大丈夫です」


 明菜は質問に丁寧に回答していく。ミコトと相性診断をすることになって内心ドキドキとしている。悪い結果が出たらどうしようという思いと、いっそのこと悪い結果が出てくれれば諦めがつくのにという思いが交錯している。


 明菜の心臓がバクバクとさせながらも回答し終わった。そして、診断結果が画面に表示される。


『運命の2人。運命と言っても結婚相手になるのか、生涯を通した共になるのか、仇敵になるのか、宿命のライバルになるのかわからない。けれど、お互いがお互いを意識しあう関係になるのは間違いない。2人は離れたくても、離れられない運命にあるのだ!』


 ミコトと明菜は画面を見てポカーンとしていた。明菜は単純に運命の2人と出て困惑している感じであったが、ミコトには別の意味で驚いている。


「これ……1番出にくいパターンなんですよ。質問の答えが少しでもズレたら発生しないレアな診断パターンです。テストプレイ以外に見たことなかったんですけど……」


「あ、あはは……ま、まあ。あくまでも診断テストだからな。わ、私は真に受けないぞ。あ、そうだ。私もそろそろ行かないとな。じゃあ宮垣。中々楽しめたぞ」


 明菜は顔を赤らめて、ミコトの教室から出て行った。ミコトと離れたくても離れられない関係。そう言う風に診断されたことで、自分の気持ちに余計に整理がつき辛くなってしまった。


 たかが、ゲームの診断だと笑い飛ばすのは簡単だろう。だけれど、明菜にはそれができなかった。


 一方のミコトも、明菜との相性診断でレアなパターンを引けたことに複雑な思いを抱いていた。この結果は必ずしもいいものであるとは限らない。運命と言っても良い運命と悪い運命がある。明菜との関係性が自分にとって良い結果をもたらすのか、それはまだ誰にもわかることではなかった。


 所詮は素人の龍人が聞きかじりの心理学で作った診断内容だと思うようにしても中々気持ちに整理がつかない。ミコトも心にモヤがかかったようなそんな気分になった。結果を素直に喜ぶことができないままでいた。


 2人が複雑な思いを抱えたまま学園祭は終了したのだ。

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