第19話 絵麻と一緒の学園祭
「わかった。藤林さん。僕と一緒に診断テストやろうか」
ミコトは絵麻の要求を呑んだ。丁度、今診断テストを遊んでいる客はいないことから、すぐにプレイすることができた。絵麻は恥ずかしい感情を抑えつつ、パソコンのディスプレイの前に座った。
ミコトも絵麻に続いて隣のディスプレイに座り、起動してあるアプリケーションを操作する。
「藤林さんはパソコンの扱いになれているから、直感で操作方法はわかると思う。けれど、一応操作方法のマニュアルは机の上に置いてあるから。わからない所があったら見て」
「うん。大丈夫。ありがとう」
絵麻は画面の指示に従って、質問に答えていく。心理テストのように若干スピリチュアルなテイストがある質問内容だった。これは龍人が一生懸命、心理学の本を読んで作り出したものだ。龍人が作ったチャート図を元に、ミコトがそれを実際にアプリケーションとして作った。
絵麻は質問の内容は初見だから少し迷いながら答えていく。
一方でミコトは、質問の内容もどういう回答をすれば、どういう内容が返ってくるかが分かっている。だから、ある意味面白さというものが半減しているのだ。ゲームの制作者にはゲームを自分好みにカスタマイズできる特権はあるが、初見時の楽しさを味わえないという欠点もある。ミコトは正にその欠点を噛み締めていた。
ただ、これは絵麻の診断テスト結果と併せて結果を表示するものである。絵麻がどういう回答をするかによって、結果は変わってくるのでミコトは素直に回答を入力していった。
2人の回答が終わり、結果が画面に表示された。
『2人の相性はとってもピッタリ。同性なら仲のいい友人になれるし、異性なら対等な恋人関係を築けるかも。2人とも適度に人に甘えることができるし、人に頼られても悪い気はしないタイプ。お互いが支え合える最高のパートナーになれるよ』
画面に表示されたその文字に絵麻は喜んだ。ミコトと相性が悪かったらどうしようかと思った。回答している時は悪いことが書いてあったらどうしようかと思ってドキドキしていたけれど、いざ終わってみればいいことしか書いていない。
一方のミコトも絵麻と相性が悪くなくて良かったと思った。これで相性が悪いと表示されたなら、今後の友人としての付き合いに影響を及ぼしてしまう。
「ふう。いい結果が出て安心したね藤林さん」
「うん。そうね」
横目で見つめ合う2人。そんな2人を見て、ミコトのクラスメイト斎藤が間に入ってきた。
「宮垣! お前そろそろ休憩していいぞ」
「え? でも僕が離れたらまずくないか? 一応僕はゲームの制作者だし」
「操作方法の案内なら俺たちでも十分できるからさ。藤林さんと一緒に他のクラスの出し物回って来いよ」
斎藤はミコトの背中をポンと押した。
「え? わ、私?」
「宮垣に会いに来たんだろ? 上手くやれよ」
斎藤は絵麻に耳打ちをした。ミコトに会話内容が聞こえないように。
「うぇ!? そ、そんな! 私は別に」
絵麻はわかりやすく狼狽えている。まさか、ミコトへの恋心が周囲に知れ渡っていると思いもしなかった。
「僕に隠れてひそひそ話なんてなんか気分悪いな」
「悪い悪い。宮垣! 藤林さんとちゃんとエスコートするんだぞ」
斎藤は憎たらしいほどニヤニヤした笑顔をミコトに向けた。ミコトは頭の中にハテナを浮かべながらも、大人しく斎藤の言うことに従うことにした。
「まあ、よくわかんないけど、藤林さん。一緒に学園祭回ろうか」
「う、うん。わかった」
ミコトと絵麻の2人は教室から出て行った。取り残された斎藤を始めとしたクラスメイトはニヤニヤし始めた。
「さて、新しいカップルが誕生するのか楽しみですなあ」
「宮垣君も藤林さんの好意に気づいてあげればいいのにね」
斎藤とクラスメイトの女子は温かい目でミコトと絵麻の動向を見守っていた。
◇
「さて、藤林さん。どこか行きたいところある?」
「そうだね。大場君のクラスのお化け屋敷に行ってみたいね」
絵麻もミコト同様に友人が多い方ではない。こういうのは友人のクラスの出し物を見て回ったりするのが定番なのだろうけど、絵麻のクラス外の友人と言えば、同じパソコン部のミコトや龍人くらいのものである。そのミコトのクラスには、既に行っているから残りは龍人のクラスだけである。
ミコトと絵麻はそれなりに距離を保って歩いている。特に恋人同士ではない友人同士なら適切な距離。あんまりくっ付くのは逆に不自然である。
ミコトと絵麻が龍人のクラスに向かって歩いていると手を繋いでいるカップルとすれ違った。学内でも有名な公認カップルだ。絵麻は恋人同士が手を繋いで歩いている様を見て、羨ましいと言った感情を抱いた。
自分がもし、ミコトと付き合えていたのなら、今日という日も堂々とミコトをデートに誘えたのに。今は男女の友人関係という少し難しい立ち位置である。友人として仲良くなりすぎれば、友達としてしか見られなくなる。かといって、親睦を深めなければ付き合うことも叶わない。一番もどかしい関係性。
そうこうしている内に龍人のクラスの前までついた。教室には遮光カーテンが掛けられていて外の光が一切入ってこない。正に真っ暗闇な状況である。ミコトと絵麻は受付を済ませて、教室の中に入って行った。
教室の中は暗くて、微かな光を頼りに前に進むしかない。パーテーションで造られた迷路を恐る恐る歩いていく2人。教室内には静かで不気味なBGMがかけられていてとても雰囲気が出ている。
「なんか意外に雰囲気でて怖いね」
「うん。そうだな。学園祭レベルにしては中々の怖さだね」
冷ややかな風がミコトと絵麻の背筋を伝う。送風機を使った演出なのだけれど、当のミコトと絵麻はそんなことを考えている余裕がない。ざわざわとした恐怖の世界に入り込んでいるのだ。
「きゃ!」
絵麻が急に小さく悲鳴をあげて、ミコトの傍に近寄った。絵麻の背中とミコトの腕が振れるか触れないかの状況まで距離を詰めた。
「どうしたの藤林さん?」
「なにか冷たいものが私の背中に入ってきた」
これは、仕掛け人が絵麻の背中にこんにゃくを入れたのだ。お化け屋敷ではよくある演出。ほどよく冷たくて弾力のある感触は人の恐怖心を掻き立てるのに役立つ。
お化け屋敷に入った当初は、ソーシャルディスタンスを保っていたミコトと絵麻であった。だが、気づけば、絵麻はミコトと密な距離感になっていた。
ミコトと絵麻。お互いの息遣いが聞こえる距離。下手すれば心臓の鼓動すらも聞こえそうなくらいの状況だ。
「宮垣君……ごめん。手を繋いでもいい?」
絵麻は媚びるような声でミコトにそう頼み込んだ。絵麻は賭けた。先程やった診断ではミコトは頼られたら悪い気はしないと書いてあった。だから、ここは思いきり甘えて頼ってもいい場面だと。
「あー。うん。いいよ」
ミコトも怖がっている女子を突き放すほど鬼ではない。それに絵麻に対しても決して悪くない感情を持っているから、手を繋ぐことには抵抗はなかった。
「あ、ちょっと待っててね」
絵麻は急いで自身のスカートで手汗を拭いた。手汗が酷い状態でミコトと手を繋ぐのは恥ずかしい。怖いという極限状態においても、そういうところに気を遣えるのは女子力がそこそこ高い。
ミコトと絵麻は手を繋いで歩いていく。すると目の前に青白い化粧をした不気味な男が前に飛び出てきた。
「ばあ!」
「きゃああああ!」
絵麻は思わず悲鳴をあげてしまった。その様子を見て、不気味な男はけらけらと笑うのであった。
「藤林。お前びびりすぎだろ!」
男の正体は龍人であった。自分を驚かせたものの正体を知った絵麻は頬を膨らませて怒った。
「もう! 大場君! なんてことするの! 怖かったじゃない!」
「ははは。そう怒るなって。こっちも驚かすのが仕事だからな」
幽霊の正体がわかってしまえばそんなに怖くはない。
「まあ、この先を進めばゴールだ。安心していいぞ」
「本当? 良かったー」
絵麻は龍人の言葉を素直に信じていた。一方、ミコトは明らかに嘘だと見抜いていた。龍人の性格を知っているから。けれど、あえてそれを絵麻に伝えることはしなかった。その方が面白そうだったから。
そして案の定、出口付近にまた目の前に人が現れるという驚かしポイントがあり、絵麻は悲鳴をあげてしまった。
絵麻はまんまと龍人の嘘にハメられてしまった。後で龍人を締め上げる、絵麻はそう心に誓ったのであった。
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