第18話 学園祭当日

 久城学院高校の学園祭の日がやってきた。近隣の地域住民たちを呼び込んで、学園祭は大盛況している。


 ミコトのクラスにはパソコン室から持ってきたパソコンが数台置かれている。そのパソコンにミコトたちが制作したゲームがインストールされているのだ。


 案内役や操作説明役の人を交代で回していき、それ以外の生徒は他のクラスの出し物を見て回るのだ。


 ゲーム製作者のミコトが最初の案内役に選ばれた。彼は他の案内役の生徒を指導しながら、お客さんが来るのを待っていた。


「よお。やってるかい」


 最初に来たのは龍人だった。彼は自身のクラスの出し物の準備で、忙しくてゲームの完成系をプレイしてないのだ。時間を作ろうと思えばいくらでも作ることはできたが、なんでも学園祭でのお楽しみにとっておくと言ってテストプレイはしてないのだ。


「龍人。来るの早いな」


 ミコトを龍人の対応をすることになった。と言っても、龍人は既にどういうゲームなのかを知っている。わざわざ説明するまでもない。


「そりゃ。俺がアイディアを出したゲームだからな。俺が真っ先にプレイしたいのは当然だろう。他の出し物よりもこれを最優先したんだよ」


 龍人はそう言いながら、パソコンが置いてあるデスクの椅子に座った。


「だったら、公開前にテストプレイすれば良かったものを」


「それだと学園祭当日のワクワク感ってものがないだろ。ゲームをいち早くプレイしたいけれど、フラゲはしたくない。そういう気持ちわかる?」


 フライングゲット。公式発売前の商品を独自のルートで仕入れて手に入れる方法のこと。龍人はそれを邪道だとしている。やはり、公式の発売日を遵守したい派なのだ。


「ゲーム開発者なんてフラゲどころの話じゃないだろ。発売前のゲームを骨の髄まで遊びつくせるのが開発者の特権みたいなもんだろ。僕は、その特権を活用したいけどね」


「たまには顧客目線でゲームを楽しみたいと思ってな。どうせ、俺のクラスの出し物じゃないし」


 龍人はゲームのアプリケーションを立ち上げた。可愛らしいデフォルメされた絵柄の動物たちが描かれているタイトル画面を見て龍人は「おお」と声を上げた。


「やっぱり藤林の絵は上手いな。美術部じゃなくてパソコン部に入ってくれて本当に良かった」


 龍人は絵麻の制作したグラフィックを見て感心した。イラストが上手い生徒は大体美術部に入るが、絵麻はアナログよりもデジタル派なのだ。だから、アナログ的な手法を取り入れている美術部よりも、デジタル絵を描けるパソコン部に入部した。


「あ、そうだ。龍人。初回プレイ時に100万点達成したら景品があるから頑張ってくれよ」


「なぬ! 景品だと! まさかご当地マンホールの蓋か! マニアックなやつ。興奮してきたな」


 龍人はマンホールマニアでもない癖に、マンホールの蓋を景品に貰えると思ってなぜかテンションを上げてきた。仮にマンホールの蓋を貰えたとしても、かさ張るだけでなにも良いことはない。


「んなわけあるかい。どこの世界に学園祭でマンホールの蓋配る高校があるんだよ。普通にお菓子の詰め合わせだよ」


「ゴデヴァのチョコレートとか?」


「そんな予算ないわ。ンまい棒に決まってるだろ」


「想像より一気にグレードダウンしたな。やる気なくなったわ。萎えたわ」


「いいからやれ」


「へい」


 龍人はパソコンに接続してあるゲームパッド(コントローラー)を手にして、スタートボタンを押した。


 動物の形をしたパーツが次々に落ちて来る。このパーツを繋げて、消していくことで得点を稼ぐゲームだ。消す度にパーツが補充されて、制限時間内にどれだけ得点を稼げるのか挑戦するというのがゲームの趣旨である。


「なんだこれ、虎が邪魔だな。おい。犬降りてこい。おい、なんでまた虎が下りて来るんだよ。よし、虎消せた。おい、今度はタスマニアデビルが邪魔だぞ。100万まであと少しなのに! ちくせう! 誰だよこのゲーム企画したやつは! 出てこいよ! ぶっ殺してやるよ俺が!」


 龍人は自分がアイディアを出したゲームに苦戦しつつも初見で98万1145点という高得点をたたき出すことができた。


「惜しかったな龍人。でも初回でそれだけ取れるならいい方だぞ」


「おい、この得点設定にしたのは誰だ」


「僕だ」


「いや、これ100万点無理だろ。小さい子泣くぞこれ」


「高校生以上は100万点以上取らなきゃいけないという設定でございます。小学生以下は10万点。中学生は40万点でお菓子が貰えるのだ」


 ミコトは案内板を指さした。そこには確かに年齢別に達成得点をわけている表記があった。


「高校生相手には、もうちょっと有情にしてくれてもいいんじゃないか」


「まあ、元々は子供にお菓子を配るための設定だからね。高校生がお菓子を独占しないための必要な処置だ。限られた予算内ではこう設定するしかないのだ」


「ちくしょう。悔しいな。まだ後ろに待っている人はいないな。もう1回挑戦だ」


 後ろに待っている人がいたら1プレイで交代する。そういうマナーは大事である。今回はまだ後ろに待っている人が来てなかったので、龍人が連続で挑戦することができた。


 今度は龍人は鮮やかな手つきでパーツを消していった。そして時間終了後には、画面には1,531,921という数字が表示されていた。


「おお。100万いったな。凄いな。クラスのみんなでテストプレイした時は160万点が最高だったから、2回目で150万超えるのは凄いよ」


 ミコトは素直に龍人を称賛した。やはり龍人は筋金入りのゲーマーである。コツを掴むのも得意だし、1度コツを掴めば得点を伸ばすこともできる。


「うん。やってて思ったけど、やっぱり初回100万設定はおかしいわ。企画者でもあり、ゲーマーでもある俺ですら2回目でやっと達成できるのに常人が達成できるわけないだろ」


「それはね。このゲームを設計したプランナーがテストプレイしてないせいですわあ。こちとら、本職はプログラムを組むことなんで、ゲームバランス調整は専門外なのだ」


「う。それを言われると痛いな」


 こんなことなら、少しはテストプレイに協力するべきだったなと龍人は反省をした。


「それじゃ俺はそろそろ別のところに行く。後ろに人も集まってきたみたいだしな」


 いつの間にか、人が集まってきた。いつまでも龍人がここで居座って回転率を悪くするわけにもいかない。


「そうか。じゃあ、また後でな。時間が空いたら龍人のところにお化け屋敷に寄らせてもらうよ」


「おう。ビビらせてやるからな。じゃあなまた後で」


 龍人はそれだけ言い残すと去っていった。


 ミコトは来場客の応対に追われることになった。順番に彼らを案内していき、ゲームをプレイさせて楽しませた。


 しばらく経った頃に、今度は絵麻がやってきた。


「宮垣君……来ちゃった」


「藤林さんも来たの? テストプレイで散々プレイしてなかったっけ?」


 ミコトはプログラムの動作確認のテストを絵麻にお願いしていたのだ。普段は龍人がやる仕事ではあるが、龍人はテストプレイはしないという頑なな意志を持っていたため絵麻が代わりになったのだ。


「その動物パズルの方じゃなくて、相性診断の方をやってみたいかなって」


「ああ、そっちね。確かにこっちは藤林さんにやらせてなかったよね」


 複雑な動きを要さない診断テストでは、ユーザーが想定外の行動を起こさないだろうということでデバッグ作業は全てミコト1人で行っていた。実際の相性診断のテストプレイもクラスの女子で、こういうのが好きそうなのを集めてやってもらったので絵麻の出る幕はなかったのだ。


「でも、藤林さんは今、1人だよね。これは2人でやるゲームだよ」


「だからその……宮垣君と一緒にやってみたいと思って」


 絵麻の頬が赤く紅潮した。その様子を見ていた、ミコトのクラスメイトはニヤニヤとし始めた。彼らが、なにかよからぬことを企んでいることにミコトはまだ気づいていなかった。

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