第11話 至福の耳かきタイム

 ミコトは明菜の指示通りに彼女の太腿の上に自身の頭を乗せた。


 ほどよい筋肉量と女性特有の柔らかさがミコトの頭に伝わってくる。硬すぎず軟らかすぎず、丁度いい具合の太腿の感触だ。


 初めて触れる女性の下半身にミコトの心は高鳴る。興奮からか全身の血流がよくなり、不思議と顔が熱くなる。


 女性と手を繋いだことすらないミコトにとっては、いきなり脚と触れ合うのは刺激が強すぎたようだ。ミコトもそのことを自覚している。自分で膝枕を要求しておいて恥ずかしい感情が沸いてきた。


「先生。やっぱり、膝枕は恥ずかしいです」


 ミコトはそう言って頭を上げようとする。しかし、明菜の手がミコトの頭を優しく下に押さえつけた。


「ダメだ。宮垣。今更逃げようだなんて虫が良すぎるぞ。恥ずかしかろうが、私の耳かきをしっかり受けてもらわないとな。もう高校生なんだから自分の発言に責任持たなきゃダメだぞ」


 明菜はスポーツ万能で女性にしては力がある方だが、ミコトは男子だ。本気で抵抗すれば押しのけることが可能だろう。しかし、ミコトは不思議と明菜の押さえつけに抵抗する気は起きなかった。


 恥ずかしい感情よりも、快楽を求める心が勝ってしまったのだ。明菜に押さえつけられて膝の弾力を受けたときに、快楽のようなものを覚えてしまった。


 ミコトは明菜の力に負けてしまったのではない。明菜の体の魅力に負けてしまったのだ。やはり健全な男子高校生。大人の女性の魅力には抗えない。


「ふふ……そんなに顔真っ赤にして。後悔したって遅いからな。宮垣が嫌になるくらい甘やかしてやる」


 明菜はミコトの耳たぶをそっと撫でた。その瞬間、ミコトの体がピクリと反応する。


 ミコトは今まで感じたことのない、全身に電気が流されたかのような感覚を覚えた。今まで誰にも触らせたことがない耳という場所。そこを明菜に撫でられて、かつてない衝撃を受ける。


 今まで自分自身でも気づいてなかったミコトの弱点。それが耳だった。15年間他人に触らせてこなかった神聖な場所をこれから棒で掻きまわされてしまうのだ。期待よりも不安や恐怖といった感情がミコトを襲った。


「先生。やっぱり止めましょう。ね?」


 ミコトは懇願する視線を明菜に送った。明菜はそのミコトの視線を見て、口角を上げた。


「大丈夫だ。痛くしないから。すぐに終わらせてやるさ」


 明菜は相変わらずミコトの耳たぶをぷにぷにと押しつぶして感触を楽しんでいる。その度にミコトは気恥ずかしい思いをしている。


「せ、先生。なんで耳たぶなんか弄る必要あるんですか」


「入念にマッサージした方がいいと思って」


「そんなのいらないから早く終わらせてください」


 ミコトはもう観念した。この耳かきを中断できないのなら、早く終わらせるしかない。これは自分で蒔いた種だ。なら受け入れるしかない。呪うなら、興味本位で明菜にお願いしてしまった自分の浅はかさを呪うしかない。または、このきっかけを与えた龍人を呪うしかない。


「じゃあいくぞ」


 明菜は耳かきをミコトの耳の穴にそっと入れた。少しずつ奥へと侵入していく。ミコトの耳を傷つけないように慎重に侵入していき、耳の奥まで到達する。ミコトは自分で耳掃除した時には感じたことのない異物感を覚えた。


「よし、少しずつ掻きだしていくぞ。痛かったら言ってくれ」


 ミコトは明菜の耳責めに耐える。耳の奥の方から感じるくすぐったさに耐えながら、ただ耳かきが終わるのを待っていた。


 顔面の左側には明菜の太腿の感触が、右側の耳には耳かきのくすぐったさ。それぞれがミコトの脳内を刺激する。


 明菜の耳かきは不慣れなもので決して上手いものではなかった。それでも、ミコトの耳を刺激するのには十分だった。逆にこのもどかしい感触が、じれったさを生みミコトに複雑な快感を与えるのであった。


「宮垣。どうだ? 感想くらい言ってくれないとつまらないぞ」


 眉を若干吊り上げて不安を顔に出す明菜。明菜はミコトがじっと耐えて動かないことを自分の技術不足のせいだと感じているのだ。


「ん……き、気持ちいいです」


 ミコトの反応に明菜の顔が明るくなる。その言葉を受けて、明菜の耳かきに対する熱が上がった。


「そうか。気持ちいいなら良かった。どの辺がどう気持ちいいんだ? 教えてくれると今後の参考になって助かる」


 今後の参考。明菜はまだ人に耳かきをするつもりでいるようだ。ミコトとしては、変な独占欲が働いて自分以外の人間に耳かきはして欲しくない。かと言って、ミコト自身も耳かきをされると変な気持ちになって、自分が自分でなくなる感覚がする。だから、これ以上は勘弁願いたいと思っている。これ以上耳かきをされると癖になってしまうとミコトは危機感を覚えた。


「耳の奥がくすぐったさで気持ちいいです……」


「なるほど。そういう風に気持ちよくなるのか。勉強になるな」


 明菜の手が止まった。それと同時にミコトの頭がボーっとしてくる。さっきまで持続的に続いていた刺激がなくなったことによる作用だろう。ミコトは耳かきによって得られた快感の余韻に浸っている。


「よし、こっちの耳はもういいな。次は反対側の耳だ」


 もう少し快感の余韻に浸っていたいミコトであったが、明菜が反対の耳を差し出すように要求してきた。ミコトは気怠い体を起こして、体を反転させる。先程まで快感を得ていた右耳が明菜の太腿に密着する。


 2つの異なる刺激がミコトの耳に残り続ける。その状態でミコトは左耳をまた掻きだされてしまうのであった。


 最初の頃と比べて、耳に響く快感を受け入れる準備ができているミコト。明菜の耳かきの技術が上手くなっているのも相まってか、最初の頃に感じた異物感のようなものは感じられなかった。


 先程より気持ちいいが、不快感のようなものは感じられない。真夏の暑い日に、少し冷たい水に浸かっているようなそんな感覚を覚えるミコト。このままずっと浸かっていたい。そう思えるような至福の時間であった。


「よし、終わりだ。よく耐えたな。偉かったぞ」


 明菜はミコトの頭を撫でた。そこで得られる触感はミコトの心を安らがせた。


 最初の頃は恥ずかしかったり、くすぐったかったりで、少し不快感を覚えた耳かきという行為であったが、終わってみればもっとしてもらいたいという欲求がでてきた。


 逆にあの恥ずかしかったり、くすぐったかったりする感覚がスパイスとなって、より快楽を引き立てて癖になる。そんなことをミコトを思うのであった。


「どうした? 宮垣。もう離れてもいいんだぞ」


 いつまでも膝枕の状態を維持しているミコトを不審に思う明菜。


「そ、そうですよね。先生……ありがとうございました。僕のわがままに付き合ってもらって」


 ミコトは慌てて立ち上がり、手で顔を仰いだ。まだ顔が熱い。蕩けるような感覚でしばらくミコトは動くことを忘れていたのだ。


「いや、いいんだ。私も楽しかった。新しい扉が開けたような気がする」


 新しい扉。それはミコトも開けてしまったような気がする。ほんの少しの興味本位で始めた耳かきであったが、ミコトの趣味の1つにカウントされてしまった。


「あの……蜂谷先生。その、僕以外の人に耳かきしないで下さいね」


「ん? ああ、まあ。私には他に耳かきする相手がいないからな。お安い御用だ。その代わり……」


 明菜がミコトの耳元に近づく。ミコトはその状況に胸が高鳴ってしまう。


「また耳かきさせてくれ」


 明菜の囁き声にミコトはぞくぞくっとした。耳かきされたことによって、耳がより敏感になってしまったのだ。普段なら耳打ちされたところでなんとも思わないが、耳かきされた直後のこれは、ミコトにとっては衝撃的だった。


「は、はい……またお願いします」


 ミコトは俯きながらそう言った。

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