第9話 カニ食べたい

 夕食までの時間、ミコトと明菜はトランプをして遊んでいた。ババ抜きから始まり、ポーカー、ブラックジャック、大富豪などをして、時間を潰していた。


「よし、あがり。私の勝ちだ」


「うーん……惜しかったな。どこで間違えたんだろう……」


 ミコトは自身の敗戦を振り返り、冷静に分析しようとしていた。ミコトはこれでも負けず嫌いな性格なのだ。二度と負けないように必死で対策を立て、反省して次に生かす。それは、遊びだけではない。勉強でも同じで間違った問題を納得がいくまで解き続ける。そうした経緯があるから、ミコトの学力はぐんぐんと伸びていったのだ。


「おっと。そろそろ時間だな。私は着替えてから行く。宮垣、すまないけど外で待っててくれ」


「はい。わかりました」


 明菜も流石にラフな部屋着で外に出ることはしないだろう。ミコトは大人しく外で待つことにした。


 ミコトは待っている間、適当にスマホを弄って時間を潰していた。途中でマンションの住人がすれ違っていくが、ミコトを奇異な目で見ている。オートロックのマンションなのに、普段見かけない人物がいるのは流石に目立つだろう。ミコトはあからさまに怪しい風貌ではないので通報はされないだろう。しかし、流石に少し居心地が悪い。


 明菜の部屋の扉がガチャリと開いた。中から出てきたのは灰色のブラウスとロングスカートを着こんだ明菜の姿だった。落ち着いた色合いの服装で、大人の女性っぽさを演出している。どことなく、清楚なロングスカートもミコトの好みに合致していた。


「待たせたな宮垣。さあ、行くぞ」


 ミコトは明菜に案内されるまま駐車場へと向かった。明菜の車は白い軽の車だ。明菜が運転席、ミコトが助手席に座った。初めて乗る明菜の車にミコトは少しわくわくとした気持ちになった。


 ミコトは車を運転している明菜を横目で見ている。明菜は大人だ。ミコトに比べたら、それなりの年月を生きている。それはわかっているつもりだった。けれど、明菜の車の助手席に乗っていると、車を運転できるという大人の部分をより一層意識してしまう。


 ミコトは今年、高校に入学したばかりだ。当然、自動車の免許はまだ取れない。だからこそ、自分には到底扱うことができない車を楽々運転する明菜に憧れの念を抱いた。


 同級生とのデートでは決して味わうことができない。ドライブデートの感触。それを受けることでミコトは自分が大人の仲間入りをしたような。そんな錯覚を覚えたのであった。


 しばらく車を走らせていると目的地についた。料亭のような雰囲気の店で、中々高そうな店だった。高校生の財力では到底行くことができない。そんな場所だ。


「蜂谷先生。いいんですか? こんないい所に連れてきてもらって」


「カニが食べたいって言ったのはキミだろう。お金の心配はしなくていい。今日のお礼もあるし、宮垣はいつもがんばっているからな。そのご褒美でもあるんだ」


 ミコトは明菜に認められたようで嬉しい気持ちになった。そういう風に言ってもらえると、これからもがんばろうという気持ちになれる。


 店内に入る二人。店員からお座敷に案内される。内装も雰囲気のいい和風な店で、同級生との外食ではまず来ないような場所であろう。


「遠慮しないで好きなもの頼んでいいぞ」


「はい。それじゃあこのカニ飯御膳にしようかな」


 カニ飯を中心にした食事のセットだ。カニの天ぷらや剥き身やみそ汁がついてくるボリューミーでお得なセットだ。


「おお。いいな。やっぱり男子はがっつり食べないとな。私はレディース御膳で済ませておこう」


 値段が安めな代わりにそんなに内容量が多くないレディース御膳。名前にレディースと付いていると男性が頼んではいけないみたいな空気感が出てくる。少食な男性にはちょっと困ったネーミングセンスだ。


「なあ。宮垣……最近友達とはどうだ? 上手く行っているか?」


 明菜が急に友人関係について訊いてきた。


「クラスメイトともそこそこ上手くやってますし、部活では龍人と一緒に楽しくやってますよ」


 特に友人関係に問題を抱えているわけではないミコトはそう答えた。ただ、ミコトはこの疑問を投げかけてきた時の明菜の神妙な顔つきを見逃さなかった。なにかミコトを心配しているようなそんな感じだった。


「先生。僕は友人とはうまくやっています。特に悩みなんて抱えてませんよ」


「そうか。それならいいんだ。宮垣は最近私に構ってばかりいる。もしかすると、人には言えない悩みのようなものを抱えているんじゃないかと思ってな。私に見えないSOSを出している。そう感じたんだ」


「あはは。考えすぎですよ先生」


 ミコトが明菜に構う理由。それは単に明菜のことが好きだからである。ただ、明菜は自分が生徒に恋愛感情を持たれているとは思ってもみなかった。だから、ミコトの好意には気づいていない。生徒が教師にアプローチをかけるなんて明菜の感覚からするとありえないことだった。


「まあ、宮垣に悩みがないようで安心した。高校生なんて一番悩みがある時期だからな。友人関係、恋愛のこと、勉強が上手く行かない、とか色々な。もし、悩みがあるんだったら、私に遠慮なく相談して欲しい。私はいつだって宮垣の味方だ。それだけは忘れないで欲しい」


「はい。もし、僕が悩むようなことがあればその時はよろしくお願いします」


「うむ。特に恋バナは大歓迎だぞ! 私も恋多き乙女だったからな」


「そうなんですね。それは頼もしいです」


 ミコトは笑顔でそう返した。


「お待たせしました。カニ飯御膳とレディース御膳でございます」


 そうこうしている内に店員が料理を配膳してきてくれた。豪華な料理にミコトの期待感が高まる。


「おお、宮垣のも旨そうだな」


 ミコトは明菜のその一言に身構えた。この流れは、あるあるの奴がくる。そう、「一口ちょうだい」である。


 なぜ人の頼んだ料理を羨ましそうに見るのだろうか。それが欲しいのなら最初からそれを注文すればいい。なのに、なぜそれをしない。世の一口ちょうだいの被害者の大半が疑問に思っていることであろう。


「なあ、宮垣。それ一口くれないか?」


 ついに発せられたワード。やはり、この宿命には逆らえなかった。ミコトは家族と外食にいくといつも母親にこれをやられてしまう。しかも、一口で済まないことが大半だ。


「ええ。いいですよ」


 ミコト。大人の対応。そりゃそうだ。ここのお金は出すのは明菜なのだから。スポンサーの意向には逆らえない。ミコト、カニ飯を一口差し出す。


「ありがとう宮垣。お礼に私のカニクリームコロッケ一口食べていいぞ」


 まさかのトレードオフ。明菜思ったより優しかった。ミコトのカニ飯御膳には入ってなかったカニクリームコロッケを差し出した。取引は成立。一口食べるだけ食べて、見返りをよこさないミコトの母親とは大違い。初めて触れる人の優しさにミコトは感動した。


 このたった一口のカニクリームコロッケはミコトにとって忘れられない味になった。


 食事を終えた二人は、会計を済まして店を出た。明菜がミコトを家まで送ることになり、二人は車に乗り込む。


「カニ、美味しかったな。たまには贅沢してみるのもいいもんだな」


「ですね」


 車内での会話はそこそこ盛り上がった。けれど、ミコトが家に辿り着いてしまえばこの楽しい時間も終わる。ミコトは家に辿り着かなければいいのにと思った。


 見慣れた景色が近づくにつれてミコトは寂し気な感情に包まれる。そして、家に辿り着いた時に、夢から覚めたようなそんな感覚を覚えるのであった。


「よし、着いたぞ。宮垣。今日はパソコンを見てくれてありがとうな」


「こちらこそ、ご馳走様でした」


 ミコトは車を降りようとする。そして、ドアに手を掛けた瞬間に動きを止めてしまう。


「ん? どうした宮垣」


「あ、あの! 先生! 僕今日は先生と一緒にいられて楽しかったです。そ、その。良かったら。また一緒に過ごしたいです」


 ミコトは勇気を出して明菜に思いをぶつけた。その言葉を受けて明菜はフッと笑った。


「ああ。私も楽しかった。宮垣さえ良ければまた一緒に遊ぼう」


「はい! よろしくお願いします」


 ミコトは明菜のその一言を胸に満足して帰宅した。

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