第8話 先生の家

 中間試験も無事に終わり、ミコト、龍人、絵麻の3人は勉強の甲斐あってかそこそこいい点数を取ることができた。この中でミコトが1番成績が良かったのは言う間でもない。


 ただ、絵麻はこの結果に対して不満を抱いていた。結果的には絵麻は龍人に勝つことはできたものの、総合点で絵麻はわずか3点しか上回ることができなかった。絵麻の想定ではもっと点数を離して勝利するはずだったので相当悔しかったらしい。特に自信があった数学と英語では龍人の方が点数高かったのが余計にダメージを負った。


「うう。悔しい……」


 絵麻はぶつぶつと言いながら、パソコンに向かってイラストを描いている。


「まだ言ってんのかよ。というより、お前の方が点数高かったんだから、もっと素直に喜べよな」


 なぜか勝った絵麻の方が悔しがって、負けた龍人がそれを慰めるというわけのわからない構図ができあがっている。


 ガラガラとパソコン室の扉が開いた。扉を開けたのは明菜だった。普段パソコン室に来ない彼女が一体なんの用事でここに来たのか。ミコトたちは疑問に思った。


「おお、宮垣。ちょっといいか? キミは確かパソコンに詳しかったよな?」


「ええ。人並み以上には詳しいつもりです」


 人並み以上という言葉に嘘はないが、ミコトのそれは人並みのそれを遥かに凌駕していた。ミコトは界隈でも天才ハッカーとして注目されている逸材だ。


 大手のフリマアプリを運営している会社の開発担当ともミコトは知り合いなのだ。彼から、サイトの脆弱性ぜいじゃくせいについて意見を求められることもあった。所謂アドバイザーとしてミコトは既に社会貢献を果たしている。ミコトは今から起業してもそこそこのお金を稼げるくらいの能力を既に有しているのだ。


 なぜ起業をしないのか。その理由は明白だった。放課後、龍人と一緒にゲーム制作をすることができなくなるのでしないだけだ。ミコトにとって、高校生社長というブランドよりも、龍人や絵麻と一緒にいられる今この瞬間の青春こそ価値があるのだ。


「あのな。宮垣。最近、私のパソコンの調子がおかしいんだ。宮垣ならなんとかしてくれそうだと思って相談しにきたんだ」


 明菜が自分を頼ってくれている。大人の女性に頼られてミコトは悪い気がしなかった。男として認められた気がしてどこか誇らしげなミコトだった。


「そうなんですね。先生のパソコンは買ってどれくらい経つんですか?」


「そうだな。1年経たないくらいだな」


「うーん。1年程度なら経年劣化というわけでもなさそうですね。具体的におかしいというのはどういう症状が起きるんですか?」


 ミコトは明菜の話を聞きながらメモを取っている。その様子を見て、明菜はミコトに相談して良かったと思った。ミコトの真摯な対応を見てある種の安心感を覚える。


「そうだな。インターネットを動かしていると突然動きが遅くなったり、酷い時には再起動を始めることがあるんだ」


「なるほど。その時見ているサイトは?」


「ぐ……そういうプライベートな話は後で頼む」


 明菜は懇願するような目でミコトを見た。明菜は今ここで言えないと目で訴えかける。ミコトは明菜のあからさまな動揺を見て、察してしまった。なぜ、明菜がわざわざ自分を頼りに来たのか。その理由までもだ。


 明菜はBLのサイトを検索していたのだ。業者や他の知り合いに修理を頼むと、閲覧履歴からそのことがバレてしまう。だから、最初から明菜の秘密を知っているミコトに頼もうとしたのだ。


 この場には、龍人や絵麻、その他のパソコン部の部員がいる。そこで明菜がBLサイトを見てましたと言うわけにはいかない。


「わかりました。今度、先生のパソコンを見に行きますね」


「ああ、頼む。後で私の家の場所を教える。次の休みの日にでも来てくれると嬉しい」


 そこでミコトは気づいた。これは合法的に先生の家に行けるチャンスなのでは。一生徒でしかない自分が、憧れの女教師の家に行ける。こんな機会は滅多に訪れるものではないだろう。


 ミコトは今から明菜の家に行けることを楽しみにした。次の休みはなにがなんでも予定を空けておこうと思うミコトであった。



 明菜と約束した日。ミコトは出掛ける前にシャワーを浴びて、前日に用意しておいた一張羅を着て明菜の家に向かった。


 明菜の家はミコトの住んでいる所より二駅ほど離れたところにあった。丁度駅から近い物件ということもあり、電車で移動することができた。


 明菜の住んでいるマンションに辿り着いた。オートロックのマンションで、オートロックの扉の横に番号を押すパネルがあった。ミコトはパネルに明菜の住んでいる部屋番号を入力する。


 しばらくすると、少し電子音混じりの明菜の声が聞こえてきた。


『はーい。どちら様ですか』


「蜂谷先生。宮垣です」


『おお。宮垣か。今開けるから待っててな』


 ガチャリと鍵が開く音が聞こえた。ミコトは扉を開けて、中に入っていった。ミコトは明菜の家の部屋番号を確認して再び部屋前のチャイムを押す。


 すると中から明菜が出てきた。明菜の格好は完全に部屋着でラフな格好であった。いつもスーツでビシっと決めている明菜とはギャップがあって、ミコトの胸がドキリとする。


「こんな格好ですまんな。まあ、上がってくれ」


「あ、はい。お邪魔します」


 明菜の家に入るミコト。どこの家に入るにしても、最初に感じるのはその家の生活臭だ。ミコトは明菜の生活臭を鼻で感じた。この匂いは嫌いな匂いではない。なんだか落ち着く匂いだ。ずっとこの空間にいたい。そう思った。


 ミコトがふと横を見てみると、そこには芳香剤が置かれていた。森林の香りと書かれたソレの匂いを直に嗅いでみる。さっき感じた生活臭の正体はこれだったのか。芳香剤のビーズがあまり減ってないところを見ると最近置かれたものらしい。


 明菜の家はワンルームのマンションであった。部屋に貼られているのは一面のポスター。三次元のアイドルから、二次元のイケメンのポスターまで貼られている。典型的案オタク女子の部屋と言えるだろう。


「あ、ははは。あまり見ないでくれ。宮垣には全て知られているとはいえ少し恥ずかしい」


「個性的な部屋で僕はいいと思いますよ」


「もう、宮垣! 大人をからかうもんじゃない! それより早くパソコンを見てくれ」


 そう言って、明菜はノートパソコンを立ち上げた。最近のパソコンにしては少し長い起動時間だ。


 パソコンが立ち上がるとデスクトップの壁紙が表示される。シャツをはだけて着ている男性二人が抱き合っているイラストだ。明菜の趣味全開のイラストにミコトは思わず吹き出してしまいそうになった。


「ちょっと弄りまわしていいですか?」


「ああ、いいぞ」


 ミコトはパソコンを適当に動かす。まずはCPUの性能と実装されているメモリの容量を確認する。CPUは最新とはいい難いがスペックは十分備わっていて、メモリも足りないわけではない。特に問題はなさそうだ。


 次に最近インストールされたプログラムを確認する。するとそこにはミコトからしたら信じられない光景が広がっていた。


「先生。アンチウイルスソフトが2つインストールされているんですけれど」


「ん? ああ。2つあった方が安心だと思ってな。まずかったか?」


「ええ。アンチウイルスソフトはOSに密接に関わるものなんです。起動から、終了する処理までなにもかもパソコンの動向を自動的に監視するものです。それが2つあったら、お互いがお互いを脅威を判断して不具合を起こしてしまうんです」


「そ、そうなのか? 私はてっきり、2つ入れた方が安心かと思って。ほら、よく二重チェックが大事と言うじゃないか」


「それとこれとは話が別です。とにかく、片方をアンインストールします。それで少しは良くなると思いますよ」


 ミコトは2つのアンチウイルスソフトの内、性能評価が劣る方を削除した。


「試しにいつも通り、パソコンを使ってみて下さい。それで不具合が出なければ、原因は間違いなくこれです」


「あ、ああ。わかった。それじゃあいつも通りのページを開く……ちょっと、あっちを向いていてくれ。18歳未満のキミには刺激が強すぎる」


「ああ、そうですか……」


 ミコトは後ろを向いた。後ろからカチッカチッとクリックの音が聞こえる。しばらくすると明菜が「もういいぞ」と言った。


「いやー。助かったぞ宮垣。お礼に今日は何か奢るぞ」


「本当ですか? 僕、カニが食べたいです」


「随分と贅沢言うんだな。ははは、でもまあいいや。夕食時になったらカニでも食べに行くか。それまでこの家でゆっくりするといい」

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