第7話 勉強会
中間試験の時期になった。期間中は部活動がなく、ミコトは退屈な思いをしていた。ミコトの学力なら勉強しなくてもどうせ高得点を取れてしまう。なら、勉強する気は起きなかった。
それにテスト期間中は明菜にも相手にされないだろう。明菜も教師だ。テスト期間中に勉強以外で生徒に構う気などない。
テスト期間中はゲームでもして過ごすかと思っているミコト。彼のスマホに一通のメッセージが届いた。
From:藤林 絵麻
『宮垣君。勉強教えて(ㅅ •͈ᴗ•͈)』
絵麻から、勉強を教えるように懇願するメッセージが来た。納得がいかないミコトはすぐさま返信をした。
『なぜ僕なんだ』
From:藤林 絵麻
『宮垣君頭いいんでしょ? 同じ部活の仲間だしいいでしょ( ´:人:` )』
『わかった。放課後学校近くのカフェに行こう。あそこなら静かだし、長居できるからね』
ミコトはやれやれと言った感じで、しぶしぶ絵麻の頼みを承諾することにした。しかし、ミコトは照れ屋な性格だ。同級生の女子と二人きりの空間に長時間耐えられないのだ。こうなったら打つ手は一つしかない。
◇
絵麻は鼻歌混じりでカフェへと入店した。今日はミコトと二人きりになれる日だと思うと不思議と気分が高揚する。美術館の時には余計な先生がついてきたけれど、今日こそは二人きりになれる。そう思っていた。
現状、ミコトの好意は明菜に向いていることを絵麻は知っていた。そこは少し辛い部分がある。だが、所詮は先生と生徒。結ばれる方が稀なのだ。それだったら、同じ高校生同士の方がまだ分があると絵麻は前向きに考えている。
「あ、藤林さん。こっちこっち」
既に入店していたミコトが立ち上がり、手を振っている。絵麻もそれに対応して手を振りながらミコトに近づく。しかし、近づくと物陰に隠れて見えなかったある人物が見えた。
「よお。藤林。ちっす」
「え? な、なんで? 大場君もいるの?」
ミコトと二人きりになれると思っていた絵麻は完全に面食らってしまった。ミコトに手取り足取り勉強を教えてもらう計画がパーになってしまった。
「ああ、僕が呼んだんだよ。三人で勉強した方が捗ると思ってね」
余計なことを……と絵麻は唇を噛んだ。これじゃあいつもの部活のメンバーと変わらないではないか。
「いやー。ミコトのお陰で助かったぜ。俺もどこをどうやって勉強していいのか全然分からねえからな。なんと言っても授業を全然聞いてないからな」
「そこはちゃんと聞きなさいよ」
龍人の阿呆な発言にツッコミを入れる絵麻。
「まあ、得意な科目を勉強しても仕方ないからね。二人の苦手な科目を教えてくれる?」
「私は世界史が自信ないかな」
「俺は全部苦手だ」
なぜか誇らしげに言う龍人。それに対して、絵麻は呆れてため息をついてしまった。なんでこんなバカと一緒に勉強しないといけないのだろうと自分の運命を呪った。
「じゃあ世界史からいこうか。範囲は中国を中心としたアジアの歴史だ」
「え? アジアって国名じゃなかったのか?」
「アンタ……よくその学力で高校に入学できたね」
絵麻は呆れ果てて、ミコトは苦笑いをしている。特にエマはこいつと同じ学校なのかと自信を喪失してしまった。
「じゃあ、軽く問題出すね。中国の春秋戦国時代に性悪説を説いた思想家は誰?」
「あ、俺それ知ってる。教科書で見たことある! タケノコだ!」
「
まるで筍の中身みたいにスカスカの頭だと心の中で
それから小一時間くらい勉強した。ミコトはカプチーノを、龍人はブラックを、絵麻はエスプレッソをそれぞれ飲みながら勉学に励んだ。
絵麻はバカな癖にブラックを飲む龍人に内心腹立てながら勉強をした。龍人は終始、頭を掻きながら必死に勉強している。この様子では内容をあまり理解できていないようだ。
「よし、できた。二人共。僕が作ったオリジナルのテスト解いてみてよ」
問題は解く方よりも作る方が大変だという。しかし、ミコトはそれを難なくこなした。ゲーム制作というクリエイティブなことをしているミコトには問題を作る程度など朝飯前だということだ。
二人にそれぞれプリントが配られる。絵麻は問題を見ながら四苦八苦して解いていく。世界史が苦手な絵麻であったが、ミコトと一緒に勉強する環境のお陰で少しできるようになってきた。ミコトにいい所を見せたい。その一心で必死に問題を解く。
その一方で、絵麻は龍人の方をチラリと見た。龍人は険しい表情で問題を見ている。頭を両手で掻いているし、どうやらわかっている様子はなさそうだ。
ミコトはスマホのストップウォッチ機能を使って時間を計っている。もうすぐ、テスト終了の時間だ。
「はい、時間切れ。解答配るから、お互い交換して採点して」
絵麻と龍人はお互いの回答用紙を交換した。絵麻は龍人の回答用紙を見て、目を丸くして驚いた。意外にも龍人の字はキレイだった。完全に字も汚いものだと思っていたのに、なんか癪に障る。
「大場君。あなた、意外と字がキレイなのね」
「そうか? はは、でも藤林の字はきたねえな。女子はもっと字がキレイなイメージあったけど」
「うるさい」
龍人の採点をしていく絵麻。正解、正解、正解、一つ飛ばして正解……なんだこの正答率は。絵麻が間違えたところも龍人は正解していた。え? こいつバカじゃなかったの? そう疑問に思う絵麻だった。
「うっし、採点終わり。なあ、藤林。俺何点だった?」
「87点……」
「うっし、勝った。お前は79点だったぞ」
苦手な世界史とはいえ、龍人に負けた。その事実が絵麻の中に重くのしかかる。
「な、なんで! アンタ! アジアが国名だと思ってたバカじゃない! なんでそんな点数取れるの!」
「知らんがな」
ムカつくムカつく。絵麻の中でムカムカとした感情が駆け巡っている。負けたくない相手に負けてしまった。こんなバカより点数が下だなんて、ミコトに頭が悪い女と思われてしまう。
「大場君! 今回は負けたけど、本番は中間試験だから! その時には負けるつもりないから!」
「お、おう……?」
いきなりの挑戦に戸惑う龍人。なんで絵麻を怒らせてしまったのか全く理解できてない。
「藤林さん。龍人はバカだけど頭は悪くないよ。龍人、円周率を知ってる桁数まで言ってみて」
「3.14までしか知らねえぞ」
普通の人は3.14くらいまでしか知らないだろう。事実、絵麻もそれ以降の桁数は知らない。
「じゃあ、今から言う数字を覚えて。3.14159265358979323846」
「え? 嘘でしょ? そんなの急に言われても覚えられるわけが……」
「3.14159265358979323846」
スラスラと答える龍人。それを唖然とした表情で見る絵麻。
「これで合ってるか?」
自信満々な表情でミコトに問う龍人。ミコトもニッコリと笑う。
「うん。正解」
「な、なんで! なんで覚えられるの!」
「龍人は長期記憶がダメな代わりに短期記憶が優れているんだ。だから、普段の授業を聞いても頭からスッポリ抜けて落ちる。けれど、短い間の記憶力なら僕よりも上なんじゃないかな」
短期記憶ならミコトよりも記憶力が上? そんなことあるの?
「まあ、なんやかんやこの高校の入試も一夜漬けでどうにかしたしな。ははは。多分今同じ問題解けと言われても無理だろうけど」
一夜漬け……何ヶ月も必死で勉強してやっとこの高校に入った絵麻の立場はなかった。
龍人はなんやかんや言いつつ勉強すればテストで高得点を取れる逸材ではあるだろう。しかし、普段の龍人を見ていると負けたくない。絵麻はそう思うのであった。
「宮垣君! 私、一生懸命勉強するから。大場君よりもいい点数取って見せるから!」
「うん、がんばってね」
ミコトにがんばってと言われてやる気が出てきた絵麻だった。
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