第4話 美術館デート?
土曜日の午後。ミコトが待ちに待った日だ。明菜と一緒に美術館に行く日だ。ただ、絵麻という邪魔者がいなければもっと完璧になれたのだけど。
美術館前の公園で待ち合わせをしている三人。ミコトが待ち合わせの場所に行くとそこには既に絵麻の姿があった。
「あ、宮垣君。おっすおっす」
「おっすおっす……はあ。やっぱり来たのね」
ミコトは落胆した。何かの手違いで絵麻が当日、欠席してくれないかなと願ったものだ。普段ならドタキャンはご遠慮願いたいものだが、絵麻に限ってはウェルカムだった。
「人の顔見てため息つくなんて、ちょっと失礼すぎない?」
「藤林さん。キミはわかってて僕の邪魔してるよね?」
「なんのこと? 私にはさっぱりわからないかな。まさか、宮垣君が蜂谷先生のこと好きだなんて想像つかないし。私はただ、単に一緒に美術館に行く人が欲しかったんだよ」
絵麻は目を細めてイタズラな表情を浮かべてミコトを見つめた。ミコトが明菜のことを好きなことをわかっているからこその意地悪であろう。
そうこうしている内に、公園内に一人の大人の女性がやってきた。彼女はミコトたちもよく知る人物だ。
普段の学校でのスーツ姿とは違い、私服姿の明菜を見るのは二人共初めてだ。上は白いカーディガンを羽織っていて、下はタータンチェックのスカートを履いている。そのいつもと違う姿に、ミコトは思わず見惚れてしまった。
「よお。宮垣に藤林。こんにちは。今日はいい天気だな」
「蜂谷先生こんにちは。そうですね。晴れてよかったです」
とミコトが無難な挨拶をする。
「蜂谷先生こんにちは。すみませんね。宮垣君とのデートを邪魔しちゃって」
絵麻は明菜に対して冗談めいたことを言った。
「ははは。構わないさ。人数は多い方が楽しいからな。それじゃあ行くか」
「ですよねー。流石、蜂谷先生」
明菜にそう言われてしまったら、ミコトも絵麻を受け入れるしかなかった。
三人は美術館へと足を運んだ。外観から造形に拘っていて、古代ギリシャの建築物を想起させる建物だ。その厳かな雰囲気に圧倒されながらも、中に入るミコトたち。
「大人一人と高校生二人です」
明菜は入場人数を告げて、お金を支払った。
「さて、行こうか」
「ちょっと待ってください蜂谷先生。僕お金出しますよ」
ミコトは慌ててサイフを取り出そうとした。その一方で、絵麻は全く動じていない。明菜に出してもらう気満々だったのだ。
「いや、流石にここは大人として払わせてくれ。高校生に金銭の負担をさせるわけにはいかない」
そう言ってミコトの申し出を突っぱねる明菜。明菜の笑顔を見ているとミコトも反論する気が失せた。明菜は教え子のことを大切に思っていて、お金を出すのも惜しくないと思っているのだ。大好きな教え子が成長するためのきっかけならば喜んで身銭を切る。それが蜂谷 明菜という教師なのだ。
「わかりました。ありがとうございます蜂谷先生」
「ありがとうございます」
ミコトと絵麻はそれぞれ明菜にお礼を言い、結局明菜にお金を出してもらうことにした。明菜の前で格好つけたかったミコトだったが、結局明菜に押し切られてしまった。押しの強さでは断然に明菜の方が上なのだ。
三人は道なりに進み、絵画を順番に見ていく。美術に造詣が深い絵麻は絵画をじっくりと鑑賞している。
「ねえ知ってる? 宮垣君。この絵画の作者はね生前はとっても貧乏だった。ところが、死後に作品が評価されてそれが高値で取引されるようになったの」
「へー。そうなんだ。物知りだね藤林さん」
絵麻の知識量に感心をするミコト。絵麻は興味のあることに対してはとんでもない記憶力を発揮するのである。尤も学校の勉強は興味を持たない項目なので、成績はそこそこではあるが。
「まあ、マーケティングっていうか、自作品のアピールが下手だってことね。どんなに良い作品を作れる能力があっても、それを効果的に売れるかは別だってこと。私たちもゲームを作るだけじゃなくて、宣伝やマーケティングも効果的にやりたいね」
「そこは……龍人が上手くやってくれるかな。多分。あいつもプランナー志望だし。そこらへんはやってくれないと困る」
「そうだね。今制作しているゲームは人任せでいいのかもしれない。でもね、宮垣君。恋愛においては自分のアピールは自分でしないとダメ。誰も好きな異性に対してアピールを手伝ってくれる人なんていないの」
「なんで急に恋愛の話になるの……」
「狙っているんでしょ? 蜂谷先生のこと」
絵麻の発言にミコトの耳が真っ赤になる。
「な、なにを言うんだ! ぼ、僕は別に……」
「ん? なんだ。なんの話をしているんだ?」
ミコトと絵麻とは別の絵を見ていた明菜が会話に入ってきた。
「な、なんでもないです。蜂谷先生」
なんとか誤魔化そうとするミコト。明菜はそれに対して少し訝しげに思うがそれ以上は追及しなかった。
「む、そうか? 楽しそうな話をしていると思ったんだけどな。まあ、先生には言い辛い話というのもあるだろう。そういう話は若い者同士で多いに盛り上がってくれ」
その後も絵画のコーナーをざっと見て回ったミコト、明菜、絵麻。ただ、絵麻はもう少しじっくりと絵画を見たがっていたので、ミコトと明菜の回るペースに少し不満を覚えていた。
「次は彫刻のコーナーに行こうか」
明菜はそう提案した。ミコトはそれに賛成したが、絵麻はそうではなかった。
「私はもう少し絵画を見たいです。じっくりと穴が開くくらい嘗め回すように見たいです」
「む、そうか。では、私と宮垣の二人で見ようか」
思いがけない明菜と二人きりになれるチャンス。絵麻は狙ってやったのではない。ただ、自分の欲望のままに行動しようとしているだけだ。それが結果的にミコトにとっていい風に作用したのだ。
「そ、それじゃあ先生行きましょうか」
「ああ」
ミコトと明菜は絵麻を置いて彫刻のコーナーへと進んでいった。
彫刻は色んなものがあった。まず、一番最初に目につくのが悪魔を象った像だ。とても迫力があって、小さい子供がこれを見たら泣き出してしまいそうな程の怖さだ。
人間を丸のみできそうなくらい大きな口を開けているのが特徴で、まるで口の中に吸い込まれていくようなそんな感覚を覚える。
「すごい迫力ですね」
「ああ。すごいな」
次に目につくのは女神像だ。先程の悪魔の彫刻と同じ作者が作ったものらしい。一方は邪悪で、こちらは神聖なものだ。とても同じ作者が作ったとは思えないほどだ。作品一つ取っても作者の目指している方向性は違うのだとミコトは実感した。
「う……」
明菜はある彫刻に釘付けになっている。それは、半裸の男性の彫刻だ。神話の英雄をモチーフにしたもので、とても均整な体つきで男性の肉体美を表現している。
「先生。やっぱり筋肉とか男の人の体が好きなんですね」
「な、なにを言うか宮垣。わ、私は別にそんな……」
明らかに
「先生。隠さなくてもいいんですよ。先生の目がもっと見たいって訴えてます」
「うう……そ、それじゃあ私がまるで痴女みたいではないか。私は教育者として自身の欲望を抑えないといけない立場なのに……」
「大丈夫ですよ先生。今は僕しか見てません。もっと自分の欲望に素直になっていいんですよ」
「うぅ……これ以上キミに弱味を握られるのは癪だが仕方あるまい。思いっきり見てやろう」
そう言うと明菜はギラギラとした目つきで彫刻の英雄を見つめた。その姿は、シマウマを狙うメスライオンの如く。完全な肉食獣であった。
その姿を見てミコトは明菜は完全なる肉食系女子だと悟った。ただ、ミコト本人としては明菜になら性的に食べられてしまってもいいかなと思ってしまっている。
「私ってば、教え子の前ではしたない……すまないな。宮垣。こんな先生で。いくら、私の秘密を知っている宮垣の前だからと言ってはしゃぎすぎてしまった」
「いいんですよ先生。僕は先生のそういう一面も好きですから」
「ふふ、こいつめ」
明菜の新たな一面も見ることができて、今日の美術館デートのようなものは成功したと実感したミコトだった。
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