第2話 先生のことを教えてください
放課後の部活動の時間、ミコトは上の空だった。ひょんなことから知ってしまった明菜の秘密。明菜はBLが好きな腐女子だった。
別に明菜の趣味を否定するつもりはない。ミコトもゲームを制作している立場からそういったオタク趣味に理解はある方だ。
確かに明菜が検索していたのは、18歳未満閲覧禁止のドギツい描写があるものだった。これが趣味であることを生徒に公表しろと言うのが無理な話だ。誰にだって秘密はある。それはわかっているつもりだった。
しかし、生徒に対して真摯に向き合っている明菜に隠し事があった。人間は内に抱えているものはわからないなと思ったミコトだった。
自分が親友だと思っている龍人も何か自分には言えない秘密を抱えているのではないのか。そう思うとミコトは少し物寂しい気持ちになった。
「なあ。龍人」
ミコトは作業の手を止めて龍人に話しかけた。龍人も遊んでいたブラウザゲームを一時中断して、ミコトの声に耳を傾けた。
「なんだ。ミコト」
「龍人に秘密ってあるかい?」
「秘密? そんなの誰にだってあるだろ?」
「例えば龍人はどんな秘密を抱えているんだ?」
「それを言ったら秘密にならないだろうが」
「ははは。言えてる」
「急にそんなこと訊くなんて変だぞミコト。なにかあったのか?」
「いや、なにもないよ。僕はいつも通りさ」
ミコトの秘密。それは明菜の秘密を握っていることだ。明菜と一緒の秘密を共有している。そう思うとミコトは不思議と優越感を覚えるようになったのだ。
生徒(特に男性生徒)から大人気の蜂谷 明菜先生。憧れの先生の秘密を握っている。みんなが知らない情報を自分だけが知っている。それだけで、明菜を慕う生徒全員に対して、どことなく優位に立っている感覚になるのだ。
そして、明菜はこの秘密をミコトに内緒にして欲しいと思っている。自分の言うことなら何でも聞く立場の人間をミコトは手に入れたのだ。自身の支配欲を満たせてミコトは大変いい思いをしている。
「ところでミコト。進捗はどうだい?」
「え? ああ。ごめん。まだできていない」
「そうか。珍しく詰まったか? いつもなら、一通りシステムの実装が終わって、俺にデバッグを頼んでくる頃なのにな」
龍人の役割はプランニングと進捗管理やらデバッグやテストプレイをする担当である。ミコトが仕事を終わらせなければ、龍人は延々とブラウザゲームをやってしまうであろう。
「悪い悪い。すぐに終わらせる」
ミコトは集中して作業にとりかかることにした。一方で、ミコトと龍人の他にもう一人、ゲーム制作に関わっている人間がいる。
「大場君。できたよ敵のグラフィック。これでいいかチェックして」
「おお。サンキューな藤林。うん。中々強そうでいい感じだ。流石だな」
絵麻は、赤縁メガネをかけていていかにも大人しそうな外見をしている。実際、インドアタイプでスポーツは苦手だ。三つ編みの髪型でクラスでは目立たない存在である。だが、髪を下した時は可愛いと一部のオタク男子の間で話題になっている。
「ねえ。藤林さん。ちょっと聞きたいことがあるけどいいかな?」
「なに? 宮垣君」
「女子ってみんなBLが好きなもんなの?」
いきなり直球な質問をするミコト。絵麻ならば、この質問に答えてくれるだろうとふんでの質問だ。
「んー。別に好きじゃない子もいると思うよ。男子だって全員百合が好きってわけじゃないでしょ?」
「そうだよね。そういえば、藤林さんはどういうジャンルが好きなの? BLとか行ける系?」
ミコトの質問に顎に人差し指を当てて考え込む絵麻。
「別にBLは好きでもなければ嫌いでもないよ。普通。私が好きなのはノマカプだし」
ノマカプとは、ノーマルカップリングの略であり、男女の交際関係を表す用語である。
「そうなんだ。答えてくれてありがとう」
その後も作業は続いた。用事があるからと絵麻は早めに帰り、ミコトと龍人が二人だけになり、気が付いたら最終下校時刻になっていた。
「昨日はミコトがカギを返してくれたからな。今日は俺が行ってやるよ」
「そう。ありがとう龍人」
ミコトはカギを龍人に任せてさっさと帰路につこうとした。身支度を整えてパソコン室を出るミコト。その時だった。明菜とばったり遭遇したのだ。
「あ……蜂谷先生」
「宮垣!? そ、そうか。お前は確かパソコン部だったな。パソコン部って具体的になにをしている部活なんだ?」
様子見の雑談を試みる明菜。明菜はミコトに対して若干の警戒心があった。ミコトがちょっと口を滑らすだけで、自身のこれまで気づいてきた威厳が崩れ落ちてしまう可能性があるからだ。
「みんなやっていることはバラバラですよ。ブラウザゲームをしている人もいれば、資格のための勉強をしている人もいます。僕たちは、龍人と藤林さんと一緒にゲームを作っています」
「ゲーム? それはすごいな。高校生が作れるものなのか?」
「今時、小学生でもゲームを作れる時代ですよ。高校生の僕らなら楽勝です。先生はゲームをするんですか?」
ミコトの質問にドキリとする明菜。結論から言えば明菜はゲームをする。しかし、それはやはりBL系のシミュレーションゲームだ。
「あんまりやらないかな」
確かに明菜はゲームはBL系のゲームを除けば全くやらない。あんまりという接頭辞を付けることで嘘はついていない。
「そうなんですか。僕たちのゲームが完成したら先生にプレイして欲しかったのに残念です」
「そんなにしょげるな。宮垣。ちゃんとプレイしてやるからな。ちゃんと感想も言う。素人の意見が大事になることもあるからな」
落ち込んでいるミコトを見て、励まそうとする明菜。自然にそれをやってのけるから、生徒に好かれるいい先生なのだろう。
「ありがとうございます先生。完成を楽しみにしていてくださいね! ……ところで、先生? 僕が先生の秘密を握っているのを忘れていませんよね?」
ミコトの表情が厭らしく歪む。何か悪いことを企んでいる顔だ。今度こそ、嫌な要求をされてしまうかもしれない。そう明菜は身構えた。
「な、なんだ宮垣。あ、あんまり先生を脅すもんじゃないぞ!」
「ふふふ。そんな態度でいいんですか? 蜂谷先生。先生は僕に逆らえないんですよ。自分の立場を理解してますか?」
そう言われてしまうと明菜は弱くなってしまう。
「先生……蜂谷先生のことをもっと僕に教えてください。僕はもっと先生のことが知りたいんです」
「え? そ、そんなことでいいのか?」
「はい。僕がこれからする質問に答えてください。まず、先生が好きな食べ物はなんですか?」
「私の好きな食べ物か。カレーが好きだな」
「なんか普通ですね。もっとマニアックで面白い回答はないんですか? フグの白子とか」
「好きな食べ物の話題で面白さを求めるな! それに私は魚が苦手なんだ」
大人はもっとマニアックな通なものが好きだと思っていたミコト。案外子供と変わらない回答がきて少し落胆している。
「じゃあ好きな動物はなんですか?」
「ウミウシだな」
「そこはマニアックなんですね……」
「海の生き物好きだからな。クリオネとか、チンアナゴとかも好きだぞ」
「なのに魚は苦手なんですね」
「あれは食べ物じゃない」
その後もミコトの質問は続いた。好きな歌手とか映画とか当たり障りのない質問が続いていく。そして、最後の質問の時間がきた。
「先生。これで最後の質問です。付き合うなら年上と年下どっちがいいですか?」
「急に恋愛関係の質問ぶっこんできたな。そうだなー。年下がいいかな。特に宮垣みたいな子がタイプかな」
「え?」
その言葉にミコトはドキっとした。心臓の音がどんどん高鳴る。自分の聞き間違えではないかと疑い始める。
「ははは。冗談だ。先生を脅すような生徒に少し仕返しをしたかっただけだ」
「な、なんだ……本当はどっちなんですか?」
「ふふふ。内緒ってことにしといてくれ」
上手く誤魔化されたミコト。追撃で脅迫すれば、答えを引き出せるかもしれない。けれど、あんまり脅しすぎると明菜に嫌われてしまうかもしれない。そう思うとこれ以上の追撃はできないミコトなのであった。
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