女教師の秘密を僕だけが握っている

下垣

第1話 女教師の秘密

 私立久城くじょう学院高等学校。全校生徒612人。男性328名。女子284名。何の変哲もない普通の高校である。皆が憧れる進学校でもなければ、入っただけでバカにされるような底辺高校でもない。


 そこに勤務している女性教諭、蜂谷はちや 明菜あきな26歳、独身、彼氏なし。そこそこ顔立ちの良い若い女教師ということで、男子生徒からの人気はまあまあ高い。竹を割ったような性格でとてもサバサバしている。身長165cmと女性にしては高身長で姐御肌なので女子からも憧れられてる存在である。


 明菜の担当科目は数学である。また、スポーツ万能で学生時代はバスケットボールの県大会に優勝した実績を持っている。そのことから、女子バスケ部の顧問を務めている。


 そんな明菜だがある秘密を抱えていた。生徒達には決して言うことができないある秘密を……



 ある日のこと。明菜が数学のテストを返している時のことだった。


「よし、それじゃあこの前のテストを返すぞ。今回のテストは非常に出来が悪かった。だが、恥じる必要はない。できないことは悪いことじゃない。できないまま放置するのが悪いことだ。今回のテストで自分の苦手分野をキッチリ抑えて、次へと進めばいい」


 明菜はテストの答案用紙を教卓にトントンと叩いて整えた。これからテストを返却するのだ。


「よし、じゃあ出席番号順に返すぞ。鮎川……伊藤……江原……」


 次々と生徒の名前を呼んでいく明菜。テストを返された生徒たちは思ったより点数が取れてなかったのか顔色がどことなく良くない。


「次は……斎藤。よくがんばったな。キミはいい点数だ」


「おーマジ? やったー」


 斎藤さいとう まさし。小柄な体格で、身長もクラスの男子の中で一番小さい。素直で明るい性格で弟分キャラとしてクラスの人気者だ。成績も下から数えた方が早かった。しかし、ここ最近数学だけはどんどん成績が伸びているのだ。


「入学当初に比べたら凄い成長だな。努力をする子は好きだぞ」


「へへ。俺、先生のお陰で数学好きになったんすよ。先生が担当で本当に良かったっす」


「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


 どうやらこの斎藤は明菜に惚れているらしい。それで、明菜にいい所を見せようと数学を一生懸命勉強しているのだ。元々、勉強嫌いなだけで地頭はそんなに悪い方ではなかったので、成績がどんどん伸びてきている。ただし、数学には限るが。


「……間宮……宮垣……」


 宮垣みやがき みこと。進学校に入れる学力を持ちながら、この久城学院に入った変わり者である。小学生の頃は女の子みたいな容姿をしていて名前も相まってか女子に間違えられることが多かった。成長するにつれて、女性的な容姿から中性的な顔つきに変わった。体格も男子の骨格になっているので、女子に間違われることはあんまりなくなってきている。


 また、今回の数学のテストで満点を取った程の秀才である。しかし、満点を取ったはずなのにテストを受け取った時に浮かない顔をしていた。彼は一体何が不満なのだろうか……


 そうこうしている内に明菜はテストを配り終わった。


「よし、じゃあ今回のテストの解説をするぞ。間違えはそのままにしないできちんと直すんだぞ」


「はい!」


 斎藤はかなりいい返事をした。一方で、ミコトは心ここにあらずと言った感じでぼけーっとしていた。



 数学の授業も終わり、放課後になった。部活動がある生徒は各々の部活に行き、そうでない帰宅部はさっさと帰る。いつもの放課後がやってきた。


 明菜は自身が顧問を務める女子バスケ部へ、ミコトはパソコン部の部室へと向かった。


「お、ミコト。待ってたよ。お前が来ないと始まらないんだからな」


 ミコトの親友の大場おおば 龍人りゅうと。彼こそが、ミコトが久城学院に入った理由である。ミコトと龍人は約束していたのだ。高校生になったら、いつか二人でゲームを作ろうと。ミコトはその約束を守るために、龍人に合わせてわざわざレベルの低い高校へと入学したのだ。


「龍人。キミもそろそろ自力である程度コード書けるレベルになって貰わないと困るぞ」


「ほら、俺はプログラマータイプっていうより、プランナータイプだから? そういうのはお前に任せた」


「ったく。プランナーも色んな部署を統括しないといけないから大変な仕事なんだぞ。わかっているのか?」


 ミコトは呆れながら物を言う。ミコトは天才的プログラマーだ。小学生の頃からプログラミングを始めて、中学生になった頃にはコンテストでの優勝経験もある程の実力の持ち主だ。


「俺、お前と違ってコミュ力あるから。その辺は大丈夫なのさ」


「ったく、何のためにプログラミングが必修化になったと思ってるんだ」


 プログラミングが義務教育化されてから幾年も過ぎたが、実用レベルでプログラミングができる人間はまだまだ限られている。特にゲームプログラミングは授業でも扱わない領域なので、パソコン部の部員でも率先してできるのはミコトくらいなものである。なので、龍人がプログラミングができなくても何ら不思議ではない。


 ミコトがいつものようにプログラミングをしていると。ミコトはふと、この学校のセキュリティがどうなっているのか気になった。ミコトは作業の手を止めて、少し学校のサーバーにアクセスしようとしてみた。当然生徒用のパソコンには、サーバーへのアクセス権限は制限されている。しかし、ミコトは天才的なハッカーだ。そんなのは障害の内にも入らなかった。


 ミコトは学校のサーバーにアクセスすることに成功した。学校中にあるコンピューターはこの学内サーバーを通じてインターネットに接続されている。よって、このサーバーを見れば誰がどのページにアクセスしたかを見ることができるのだ。


 どうやらこのサーバーでは教師の検索履歴も見れるらしい。ミコトは明菜の検索履歴を調べてみた……そうすると……


「なんだこれは……」


 ミコトは自分の目を疑った。あの明朗快活な先生がこんな趣味を持っているなんて……


 知りたくなかった真実を知って少し困惑しているミコト。しかし、ミコトはこんなことで明菜のことを嫌いにはならなかった。むしろ、明菜のことを知れて嬉しいとすら思っている。



「ん。そろそろ部活の時間が終了するな。パソコン室のカギはどうする?」


「僕が返しておくよ」


「サンキュー。んじゃ俺は先に帰るわ」


 龍人は自身が使っていたパソコンの電源を切ってパソコン室を後にした。ミコトはパソコン室のカギを閉めてカギを返すために職員室へと向かった。


 ミコトが職員室へと向かう道中に偶然にも明菜に出会った。


「あ、蜂谷先生……」


「お、宮垣じゃないか。お疲れ。気を付けて帰れよ」


「せ、先生……」


 ひょんなことで明菜の秘密を知ってしまったミコト。そのせいで、まともに明菜と目を合わすことができなかった。


「どうしたんだ? 何か悩みでもあるのか? 差し支えなければ聞くぞ?」


 ミコトが抱えている悩み。それは正しく明菜に関するものだった。明菜の秘密を知ってしまったミコトはこのことを口外するべきか悩んでいた。


 しかし、このままモヤモヤを抱えていてはいけないと思ったミコトは思い切って訊いてみることにした。


「あの……先生は男同士の恋愛に興味があるんですか?」


 まさかの質問に固まる明菜。まさか自分の趣味がミコトにバレているとは思わなかった。


 ミコトが学内サーバーにハッキングして得た情報。それは、明菜のパソコンからドぎつい18禁のBLボーイズラブ本を検索した履歴がでてきたことだ。


「な、なんで……どうしてだ! どうしてそう思ったんだ?」


 わかりやすく動揺している明菜。これでは真実だと自白しているようなものである。


 明菜はこれまでサバサバしていて明るい体育会系のノリで生徒に接してきた。そんな明菜がまさかのオタク趣味を持っていた。そのことが生徒にバレてしまっては、今までのイメージが崩れ去ってしまう。それだけはなんとしてでも避けたかった。


「僕がどうしてそのことを知っているのかは言えません。ただ、一つ言えることは仕事中に趣味のサイトを開くのはやめた方がいいと思いますよ」


「失敬な! 仕事中じゃない! ちゃんと休憩時間に……あ」


 墓穴を掘ってしまった明菜。どうして、検索履歴が流失したのかは謎だが、目の前の生徒が自身の秘密を握っていることは確かだ。もし、ミコトの口からこのことが漏れてしまえば、これから先の学校生活に支障をきたすであろう。


「そ、その……宮垣……このことは誰にも話していないよな?」


「はい。まだ誰にも話してませんよ。ただ、話をするかしないかは先生の態度次第ですかね」


 立場の逆転。圧倒的優位に立っているはずの教師という立場から、秘密を握られるという弱い立場になってしまった明菜。もし、今後ミコトの機嫌を損ねるようなことがあれば、容赦なく秘密をバラされてしまうだろう。


「ど、どうすれば黙っててくれるんだ?」


 明菜は最悪のケースを想定した。お金や成績の改ざんといったものが真っ先に浮かんだ。ミコトは頭がいいから成績の改ざんを望むようなことはしないだろう。なら、お金か……いや、ミコトも性欲が有り余っているであろう男子高校生だ。体を要求することだってありえる。


「そうですね……その。僕のお願いを聞いてくれたらこのことは秘密にしてあげますよ」


 もったいつけるミコト。明菜は気が気じゃなかった。一体何を要求されるんだ。えげつないのは流石にやめて欲しい。


「その……あの……」


 ミコトは恥ずかしがってもじもじとしている。脅迫している立場なのに……


「ハッキリ言ってくれ。私は、もう覚悟はできている」


 じれったいミコトに嫌気がさしたのか明菜は強くでた。脅迫されている立場でも相手に喝を入れるのは流石と言ったところか。


「褒めて欲しい……」


「はい?」


 思わず訊き返してしまった明菜。全く予想外の要求に自分の聞き間違え説を提唱してしまうほどだ。


「数学のテスト満点取ったんだから褒めて欲しい。別に満点取ったわけじゃない斎藤が褒められて、僕が褒められないのは不公平ですよ!」


「ぷ……」


 明菜は吹き出してしまった。脅迫者の割には要求が可愛らしすぎて笑うなと言う方が無理な話だろう。


 明菜は別に脅迫されなくてもこの程度の願いを叶えてあげるつもりだった。一方のミコトは、こうでもしなきゃ自分の要求が通らないと思い込んでいる。二人の間にはそんなギャップがあった。


「なんだ。そんなことか」


「そんなことって何ですか! 斎藤が褒められて僕が褒められなかったのはどんなに辛かったか……先生にはわかるんですか!」


「す、すまん。宮垣。私は知らない内に生徒を傷つけてしまっていたのか……斎藤は成績が悪かったのに、頑張って成績をあげたからつい褒めてしまったんだ。宮垣は最初から成績が良かったからな。できて当たり前だと思ってしまった。そこは私の反省すべき点だ」


 明菜は別に斎藤だけを贔屓していたつもりはなかった。ただ、斎藤は弟分キャラで可愛がりやすいというのもあったのだ。一方、ミコトはあまり感情を表に出さないタイプなので、褒められて喜ぶようなタイプには思えなかったのだ。


「うむ。よくやったな宮垣。いつもトップクラスの成績で先生は嬉しいぞ。よくがんばったな」


「わ、わあ……あ、ありがとうございます。も、もう一ついいですか?」


「なんだ? 言ってみろ。こうなったらとことん付き合ってやるからな」


 最早、脅迫とか関係ない。秘密を守るためというよりかは、可愛い生徒の願いを聞き入れるために明菜はそう言ったのだ。


「本当にいいんですか? じゃあ、頭撫でて欲しいです……満点取ったんだからそれくらいのご褒美が欲しいです」


 明菜から目を逸らしながらそう言うミコト。流石に高校生にもなって要求することではないと思っているのか気恥ずかしそうだ。しかし、明菜は無言でミコトの頭を撫でた。


「ん……」


 余りの心地よさにミコトの声が漏れる。あまり感情が表情にでないミコトだが、こればかりは目を細めている。


「よし、これでいいか?」


「はい……ありがとうございました」


 ミコトは恥ずかしそうにその場を去っていった。残された明菜は溜息をついて少し安心したようだ。


「ふう……一時はどうなることかと思ったけど、なんとか凌げてよかった。それにしても、宮垣か……意外に可愛らしい一面があったんだな。てっきり、感情を表に出さないクールな奴だと思っていたが……人ってわからないものだな」


 これまで、成績が優秀だということを除いて、影が薄かったミコトのことを明菜が意識をし始めた瞬間だった。

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