第5話 ダークエルフ③

「つまり、記憶喪失ということか?」


「そうなるな」


リディアに連れられダームエルフの村に向かう途中で、出身など詳細を聞かれたオレは、とりあえず何も覚えてないということで記憶喪失を装った。

別の世界から来ましたなんて正直に伝えたら、リディアの気が変わって殺されてしまうかもしれない。

今はまだ伝えるべき時ではない。


「もしや、人間族の島流しのようなものではあるまいな。

そういえば、はるか北の国では、仕事の出来なくなった者を、忘却魔法で記憶を飛ばした後に転移魔法で二度と戻れない場所に送る習わしがあると聞いたことがある」


何それ怖っ!!

うばすて山みたいなもんか?


「そうじゃないと嬉しいんだが」


チラリとみたリディアの横顔は、あまりに整っていて見惚れてしまう。

身に付けた民族衣装のような装飾の施された薄い装束は、ビキニかというくらい露出が多い。

その肉体は余りに豊満で、目に毒だ。

健康的な浅黒い肌の色も、良からぬ想像を掻き立ててくる。


自慢じゃないがオレはそっち方向の妄想癖がとても強い。

死ぬ前は、のテレビタレントを見るたびに、良からぬ妄想が止まらなかった。

自分の彼女にする妄想、幼なじみにする妄想、奥さんにする妄想、その他放送出来ない妄想などなど。

自分でも気持ち悪いと思うが、自分の意志と関係なく、脳味噌が勝手に処理を始めてしまうのだ。


そのオレが、容姿という面でテレビタレントと比べても遜色ないどころか、上回っているリディアを見て平常心でいられるはずがない。

こんな状況だというのに、オレは逞しくゲスな想像を働かせていた。


「どうかしたか?」


「いやなんでもない!」


まずいまずい、こんなことを考えている場合じゃないだろ神子塔矢!


「そ、そういえば、さっきオレが叫んだ時になんか空気が揺れるっていうか、空間が捻れる感じしなかったか?」


強引に話を変えたが、気になっていたことを聞いてみる。


「空間のねじれ??いや、何も感じなかったぞ?」


気のせいか?

かなりの衝撃だったと思うが、死にかけていたがゆえの妄想だったのかもしれない。


「だが」


一呼吸おいて、思い出すようにリディアは言う。


「かなり迫真に迫った訴えだった。私はあの訴えがなければ、そのままトーヤを刺していただろう」


どうやらかなり危なかったようだ。

あのの正体は勘違いのようだが、叫ぶ価値は十分にあった。


「そろそろだ」


リディアがそう言って間も無く、木々の向こうに僅かに明かりが見えてきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ダークエルフの村は、森の中の一部を切り開いて作られたようで、周囲は森に囲まれていた。

入り口から全体が見渡せるほどの広さで、大して広くはないようだ。

村というより、集落と言ったほうが正確かもしれない。


村の中央にある整備された大きな道の左右には、木造のログハウスのような形の家がポツポツ点在しており、どこも明かりが落ちている。


「もう夜だからな、みな休息に入っている。」


中央の道だけは、所々に不思議な光の玉がぷかぷかと浮いていて、そこそこ明るかった。

リディアに詳細を聞いてみる。


「あの光球は?」


「あれは魔光球と言ってな。魔力を込めると輝く特殊な素材の石を、浮遊魔法で浮かせている」


「おお」


さすが異世界すげえな。

電気も電線もいらないわけだ。


「人間族には珍しかったか?」


リディアがクスリと笑う。


「明日になれば、もっと色々見る事ができる。もう夜は更けているから、族長に謁見するのは明日だ」


「今日はここに泊まるってことか」


「ああ。すまないが、トーヤは私の監視の元、休息を取ってもらう。無害だと証明されたわけではないのでな」


「なん、だとーー」


ままままさか、リディアたんと一緒の部屋で寝ちゃうって事ですか??

そうなんですか?

めくるめく夜の時間が待っているんですか?

あんなことやこんなことしたり、うっかりシャワールームに入っちゃったり、寝ぼけて一緒の布団に入っちゃったりしてーーー。


「安心しろ監視魔法をかけた小屋で寝てもらうだけだ。小屋から出ようとすれば、私が気付くようになっているーーーどうした?死にそうな顔になっているぞ?」


まあそんなことだと思いましたよーー。

現実はいつも厳しいのさ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて、と」


仰向けに、ベットのような物に寝転がる。


リディアに案内された小屋は客人用に作られた小屋のようで、中は思いの外綺麗だった。

中にはベットのような物が一つ置いてあるだけで、生活感はなかったが十分だ。

「ベットのようなもの」というのは、それが村の道を照らす魔光球のように、光の雲のような物だったからだ。


リディアによると、これも特殊な素材に魔力を込めて作られた物で寝ているだけで体の汚れも全て落とされるらしい。

万能すぎるだろ、魔法。


「疲れたな」


いろいろな事があった。


夢の中で目覚めると、フランベルとかいう変な女神に少子化解決を求められたかと思えば、自分の葬式を見せられ、自分の意志関係無しに異世界に落とされた瞬間に怪物に襲われ、ダークエルフのリディアに助けられ、今はダークエルフの村にいる。

自分で言っていても訳がわからないが、原文ママだ。


もちろんいまだに混乱はしている。


そもそも俺はこれからどうすりゃ良いんだ?


この世界アナザクリアの少子化問題を解決しろとかフランベルは言ってたが、どこに行って何をすれば良いのか皆目検討もつかない。

俺のことを見てとリディアは言っていたから、この世界にも人間はいるんだろうが、とりあえず人間の国に行けば良いのか?

だが人間の国にたどり着いたとしても、そこで俺に何ができるっていうんだ?


少子化をやめろー!子供を作れー!とデモして回れと?

まるっきり変人だ。



「・・・わからん」


全くわからん。


俺は普通の人間だ。

世界を救う勇者じゃない。

なんの能力もない。


フランベルは俺に特殊能力を付与したとか言っていたが、あのゴブリンに追われている時も使える気配はなかった。

生命の危機が迫っている時にも発動しない能力なんて、無いも同然だ。


ーーー俺に何ができるっていうんだ。



「・・・」


「あーもう、やめたやめた」


先のことを考えても仕方がない。

どんどん不安な気持ちになるだけだ。


とりあえずは今日生き延びたことを感謝しよう。


疲れた体が、眠気を発し始める。


明日。

ダークエルフの族長に自らの潔癖を証明しなければ。

まずはそこからだ。


考えることをやめ、オレは静かに目を閉じた。

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転生した異世界で少子化対策大臣に任命されました。それなら自分、チーレムいいっすか? @kokinnta

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