第4話 ダークエルフ②

「ーーお前は何者だと聞いている」


喉元に突きつけられた冷たい切っ先。


助かったばかりというのに勘弁してくれ。

もうオシッコちびりそうだ。

いや、少しちびっているっぽい。


「オ、オレは怪しい者じゃないよ」


やっと声が出たと思ったら、上ずった素っ頓狂な声になってしまった。


「言葉は通じるようだな。名前と、この森にいる目的を名乗れ」


「な、名前は神子塔矢だ。目的はない、というか気付いたらこの森に居たんだ」


「カミコトーヤ。気付いたら居ただと、そんな戯言を信じると思うのか?」


心なしか向けられた剣先がオレの首元にわずかに前進した。

やめてくれ。

これ以上オレの膀胱を苦しめないでくれ。


「お前人間族だな?この森は我々ダークエルフの管理区域だ。人間族が許可無しに立ち入ることは固く禁じられているのは知っているな」


そんなもん知るか。

というかダークエルフ?


近づいたことで詳細が見えるようになったが、剣の主は美しい女性だった。

浅黒い肌に銀髪、ツンと尖った耳、豊満な体。

綺麗に整った容姿が備える蒼い瞳はこちらをじっと見つめていて、こんな状況なのに思わずドギマギしてしまう。

ダークエルフ、か。


そうか、肌が黒いから、先ほどは暗くて見えなかったみたいだ。

とにかく、このダークエルフを説得しなければ。


「ほんとなんだ。目覚めたら、この森に横たわっていて、ウロウロしていたら、さっきの怪物に見つかって追われていたんだ」


全く嘘は言っていない。


「ふむ−-では市民証など身分を証明するものはあるか?」


「−-免許証とかでいい?」


「メンキョショウ?なんだそれは」


ですよねー。

というか、目覚めた時、ものの見事に手ぶらだったから、免許証もないが。


「い、いや、実は身分を証明するものも今は持っていない」


「・・・」


剣の切っ先が、冷たく喉に触れる。


「すまないが、身元も証明出来ない不法侵入者のために一族を危険に晒すことはできん」


え?待って待って。

それって殺すってこと?

いやいやいやちょっと待って。


「ちょちょちょ、待ってくれ」


ふとキ○タクの顔が頭に浮かんだ。

もっとドラマチックな場面で使いたかったものだ。


「すまないな、お前の話は本当かもしれないが、こんなところに迷い込んでしまった自分の運の悪さを恨んでくれ」


銀髪のダークエルフはすっと目を閉じた。

それは剣先をオレの喉にねじ込む最期の予備動作ーー。


「待てっ!!!!たのむ!!!!!『オレを信じろ!』」


<バシィィィィィィッッッッッッッッッ!!!!!!>


とっさに叫んだ瞬間、空気が揺らいだ。

なんだ、今のは。

空間がねじれた感覚。

間違いなく、オレが叫んだ瞬間、

それだけはわかるが、何が起こったのかはよくわからない。


喉元からは一筋の血が流れたが、触れた剣先は薄皮一枚傷つけた程度で停止したようだ。


「ーー殺すのは早計かもしれないな」


「そもそも武器も何も持っていないようだし、そもそもゴブリン程度に殺されそうになる程度の強さ、脅威はないか」


そう言うと、ダークエルフは剣を引っ込めて、鞘に納めた。


た、助かったのか?


「カミコ=トーヤ。すまないが貴方には、我々の村まで同行してもらう。そこで処遇について族長に指示を仰ぐことにする。異論はないな」


「あ、ああ」


「よし。そうと決まったら、早速村に向かうとしよう。

 私の名前はリディア=セントライト。リディアと呼んでくれ」


名乗ったリディアは、右手を差し出してきた。

異世界にもシェイクハンドは存在するのか。


それにしてもーーー。


「急に友好的になったな」


しまった、思ったことが口に出てしまったーーー。


「ふふ。私は切り替えが早いんだ。

 族長に会わせるまでは貴方は客人だと私の中で割り切った」

 

「それに」


「貴方の言葉はなぜか信頼できる気がする。」


そう言ってリディアは微笑った。

その美しい笑顔に、先程までの張り詰めた雰囲気が嘘のように溶ける。


どうやら、最悪の事態は免れたようだ。

異世界に生まれ落ちたその瞬間に、怪物に喰われて死亡とは、アホすぎて死んでも死に切れない。

寛大なリディアに感謝せねばなるまい。


「ありがとう。よろしくリディア。

 オレのことはトーヤと呼んでくれ」


こちらも右手を出して握手を成立させる。


リディアの手はとても柔らかくて気持ちよかった。

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