第3話 ダークエルフ①
「はあっはあっ」
暗い森の中を、オレは逃げていた。
時刻は夜。
生茂る木々の葉の間から、かろうじて差し込む月の光の当たる箇所を別にすれば、飲み込まれそうな暗黒。
恥も外聞もなく、顔を醜く歪め、疾走する。
全力で走るなどいつぶりだろうか。
社会に出てからは運動をする機会など、殆どなかった。
思い出せるのは、中学の時の徒競走が最後だ。
両の腕と足が、スムーズに連動しない。
手と足を、交互に出せているのかもわからない。
ただひたすら必死に、両足を前に出す意志だけを強く念じる。
つまづきそうになれば、両手で地面を強く掻くようにして、ギリギリのバランスを保つ。
追跡されている「異形のモノ」への恐れと、全力疾走の経験のブランクは、動物さながらの走法をオレに体現させていた。
「グルルルルアアアア!!!!!!」
森に轟く咆哮、木々の葉を揺らすそれは、真後ろから聞こえる。
定期的に発せられる咆哮が、次第に近づいているように思えるのは、焦りから来る勘違いか。
いずれにせよオレを捕獲するのに随分熱心なようだ。
「あああ!くそっ!」
このままではジリ貧だ。
体力は限界を迎えつつある。
逃走を続けても、そう長い時間を待たず、捕獲されてしまうだろう。
ではどうする。
立ち向かうか。
チラリと後ろを振り返ってみる。
10mほど後方、「異形のモノ」はこちらに走ってきていた。
一見、人型に見えるが、共通点は、両手両足目耳鼻口があるというだけだ。
関節が不自然に曲がった小柄な体に、産業廃棄物の混じったような濁ったザラザラの緑の肌。
顔には大きな耳、くぼんで落ちた目は爛々と赤く輝き、こちらを鋭く見据えている。
髪の毛は生えておらず、体毛という体毛も見当たらない。
容姿の全てが、こちらへの不快感をビンビンに伝えてくる。
率直に言ってキモい。キモすぎる。そして怖い。キモコワ。
唯一良かったのは、いまだに追いつかれていないので、そこまで足が早くないということか。
走り方は、オレより綺麗な二足走りだが。
「いやいやアレと戦うのは無理だろーー」
わが故郷、日本にはあんな生物はいない。
というか、世界中探してもいない。
ムリムリ、絶対無理。
オレに倒せるのは、家に頻繁に出現していた黒い怪虫くらいのものだ。
未確認生物に進んで関わる変態はイ○トかム○ゴロウくらいでいい。
「やべっ!」
しまった。
長く伸びた草に隠れた、岩に気づかず、つまづく。
つまづいた下半身を無情にも置き去りにして上半身は、迫る異形から逃げようと、全力で逃走を続ける。
ごろごろごろーーー
頭から、派手に2回転ほどして、ようやく止まる。
突然の世界の反転に、我を失ったのも束の間、再び走り出そうとしたが、右の足首から強い痛みを感じた。
あまりの痛みに、走り出そうとした体勢を崩してしまい倒れ込む。
嫌な汗が噴き出した。
足をくじいては、走ることもできない。
どうすればいい。
とっさに、周りを見渡し、何か武器になりそうなものを探したがーーー何もない。
「グルアアアア!!!!!!」
振り返ると、異形のモノはそこにいた。
もう距離はない。
いつでも飛び掛かれる位置だ。
よだれを流しながら、だらしのない口元がニタリと笑っていた。
背筋が凍る。
直感的に理解した。もう終わりだ。
現実世界では失意のまま死に、生まれ変わった世界では一夜を明かすこともなく死に、ああオレの人生はなんだったのか。アーメン。
人間に生まれるから、こんなに苦しむのだ。
次に生まれる時は、なんかストレスのなさそうで強そうな生物、そうだ、私はゾウになりたいーーーー。
「「ザシュ!」」
千切れる肉の音に、目を閉じる。
暖かい鮮血が身体中に、降りかかるのを感じる。
さて、この世に最後のお別れをしようーーー。
「んーーーーーーーー?」
おかしい、痛くない。
まるで痛みを感じない。
即死してしまい、もう天国にでもいるというのか?
それなら、オレにはなぜまだ意識が残っているんだ?
意識の命ずるまま、オレは恐る恐る目を開けた。
網膜を通し、頭に流れ込んできた情報を処理するのに数秒を要した。
そこには、異形のモノだったモノ。
頭の先から股まで、綺麗に2つに両断された肉体が、前のめりに倒れ、冗談のように揃って痙攣していた。
臓物はぶちまけられ、青い鮮血があたり一面にペンキをひっくり返したように散乱する。
森の木肌の茶色への青い染色は、その非日常性を益々増加させていた。
そしてーー。
両断された肉体の向こう。
月明かりを受けて煌く白銀。
風に揺られたか、ゆらりと広がるそれは、銀の孔雀のようだった。
ところどころに、青い血での装飾が見えた。
光を放つ白銀以外は、暗く闇夜に紛れて造形が確認できないが、全体的なシルエットは「人型」に見える。
とすると、あの孔雀は髪か?
腕とおよぼしき場所からは、すらりと長柄が伸び、こちらもギラリと銀光を見せつけてくる。
剣だ。
剣を持つ何者かがそこに立っている。
つまりーーーその人物が、異形のモノを両断したのだ。
「お前は何者だ?」
問いかけに無視したような形になったのは、オレへ向けたものだと認識できなかったからと、つい先ほど死にかけたことで、声が出なかったからだ。
「ーーお前は何者だと聞いている」
言ったか言わないかその刹那、瞬時に距離を詰められ、オレの喉には剣先が突きつけられていたーーー。
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