第2話 胡蝶の夢②

「少子化問題だと?」


オレは体を起こして女神に問い返した。


「それを解決すれば生き返れるのか?」


女神は微笑する。


「どうやら、魂に意志が戻ったようですね」


「戻ったわけじゃない。ただ、絶望の中に希望が一筋見えて心が一時的に安定しただけだ」


「それで十分です。ようやく、本題に入れます。」


「が、その前に、ここから移動しましょうか」


女神は再び空を仰いだ。

すると、今度は一瞬で元の草原に戻った。

知人、同僚、両親ーー彼らの悲しそうな泣き顔が頭に張り付いて離れないが、今は忘れねばならない。


それでは、と女神が話し始める。


「”アナザクリア”。それがあなたの転生する世界の名称です。その世界で、少子化問題を解決してほしいのです」


「転生?」


「ええ、文字通りアナザクリアで生まれ変わって生活してもらいます。

と言っても、死ぬ瞬間のあなたのまま、存在世界のみ移動する形になりますので、転生というより転移ですかね」


「生まれ変わって生活ーー」


「そうです。アナザクリアは深刻な少子化に苦しんでいます。それを解決するのがあなたに課せられた使命です。それを解決すれば、再び生き返るチャンスを与えます」


理解が追いつかない。

異世界転生って漫画の中だけの話じゃなかったのか?

しかも少子化解決?

異世界のわりに問題は妙にリアルだなおい。


「ここまではいいですか?」


何もよくはないが。


「要するに」

「アナザクリア?に行って少子化を解決してこい。そうすれば命は助けてやる」


「その通り」


女神はにこーっと怪しく笑った。


「大筋はその通りですので、それだけわかってもらえれば十分です。

 ですが、質問がたくさんあると思うので、ここからは質問に答える形で説明を進めましょうか」


「わかった。まずは、お前の名前を教えろ」


「これはこれは、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はフランベルといいます。しかし、初対面の人に対する態度が悪いですね、神子塔矢」


女神は顔を膨らませて見せる。

いちいち絵になるのが酌だ。


「オレにとっちゃこれは夢の延長だ、だいたいお前が年上なのか年下なのか、そもそも人間なのかすらわからん。礼儀を気にする意味がない」


「お前じゃないです、フランベルですよ。それでは質問をどうぞ」


フランベルは、オレの態度に特にイライラした様子もなく義務的に促す。


「一つ目、お前はなんだ?神か?

 二つ目、オレはアナザクリアでどうやって生活する?食べ物などはあるのか?

 三つ目、少子化を解決する方法は手段を問わないのか?どうなれば成功したと言えるのか」


そしてーーー


「四つ目、なぜオレが選ばれた」


「おおー」


フランベルが驚嘆の声を上げる。


「なかなか的確な質問ですねお姉さん感動しました」

「さすが、”選ばれた”だけあります」


手をパチパチと叩き、にこーっとまたしても怪しく笑う。

人に対する態度が悪いのはこいつも一緒だ。


「では順番に答えていきましょうか」


「まず、私は何か?

 神ではありませんが、あなたの理解でいう”神”のような概念です。」


「どういうことだ」


「うーん、今は理解できるように説明ができないのでとりあえず神でいいですよ。

 全知全能ではありませんが、今あなたと話しているように、超常的なことができる存在と思ってもらえれば」

「しかし、あなたがアナザクリアで生活していれば、そのうち私を理解できるかもしれません」


全く意味不明だな。

まあこいつが超常的存在ということは明らかだし、これ以上はいいか。


「二つ目、アナザクリアでどうやって生活するか。

 アナザクリアには食べ物があり水があり、大気があります。生命維持のためのアイテムは元の世界と同じように存在します」


「ですが、その他の部分に関しては、アナザクリア特有の世界法則があります。

例えば、アナザクリアには”魔法”があります」


「魔法だと・・・!」


ファンタジー世界の代名詞である魔法。

場合によっては一国を滅ぼすこともできる魔法という設定もある。

アナザクリアには魔法があるというのか。


「はい。ですが、魔法やその他の世界法則について細かく説明はしません。どうせ今説明しても体験しなければわからないので」


「追加要素てんこ盛りなのに事前知識なしか。まさに無理ゲーだな」


「はい、頑張ってくださいね」


また、にこーっと怪しく笑う。

こいつの性格がわかってきた。


「三つ目。

 少子化解決に手段は問いません。どんな方法でも構いません。

 成功基準はありません」


さらっととんでもないことを言った。


「成功基準無しでどうしろというんだ」


「うーん、そこは自分で考えてください」


「馬鹿な」


何事も目標値というものがある。

少子化問題にしたって、日本にも合計特殊出生率2.0以上とか色々あるじゃないか。

それを見越して、戦略を立てるはずなのに、目標値が存在しないだと。


「とにかく少子化で困ってるのは事実ですから、それを解決してくださいってことです。住民が解決したと感じれば、解決したってことじゃないですか?

私からはそれしか言えません」


「・・・」


「解決したら、私があなたをもう一度元の世界で転生させます。それがあなたにとっての成功ですね」


ーー不可解だ。

こいつ、フランベルはオレに問題解決をしてほしいがために、わざわざここに呼び出して説明をしている。

にもかかわらず、この他人行儀な説明はなんだ?


解決したら、元の世界へ転生させるというが、その辺りの条件が曖昧すぎる。


「次に四つ目ですが」


強引に話を進められた。

事情はわからないが、これ以上聞いても無駄だろう。

何か触れられたくないことがあるのだ。


「なぜあなたが選ばれたか。

 それは、タイミングです。」


「タイミング?」


「死者の魂を捕捉して、意識をリセットしないまま他世界に転生させるのは、結構大変なんですよ。連発もできません。死んでから一瞬しか魂は捕捉できないので、タイミングが重要なんですが、タイミングよくたまたま死んだのがあなただったと言うわけですね」


「要するに完全に偶然ってわけか」


「そうです。”完全に” 偶然です」


タイミングが良かったのか、悪かったのか。

もう一度生き返るチャンスを与えてもらったんだから良かったと思うべきか。




「これで質問は終わりですね。それで、やる気は固まりましたか?」


「やる以外選択肢はないんだろ」


「そうですね」


フランベルはまたしても怪しく笑う。


「やらないと言っても、やるというまでここから出られませんから」


まるで、いいえを選べないRPGの選択肢のようだ。

正直なところ、説明はほとんど役に立たなかったが、最早やるしかないということだ。

そして、もう一度戻るのだ。あの世界に。


「おっと、そうでした。大切なことを忘れていました。」


フランベルは、オレに向かって両手をかざす。


「手ぶらで行くのも辛いでしょうから、あなたに一つだけ特殊能力を与えます。」


「特殊能力?」


「ええ、”魔法”のようなものです。正確にはあなたが元々持っている潜在能力を、限界を超えて強化して、あなたの魔力を引き金に発動できるようにしておきます」


「それはどういう能力なんだ」


「それはわかりません。私は才能を強化するだけ。才能を世界に働きかける現象として発現させるのはあくまであなたなので、どういう能力が発現するかはあなた次第です」


「どんな能力かもわからないとかヤバすぎだろーー」


「文句言うならやってあげませんよ」


フランベルのかざした両手は、一瞬輝いたかと思うと、すぐに消えた。


「もうできたのか?」


「はい、終わりました。あとは、魔力をトリガーにすれば、能力を発現できるはずです」


もっとしっかり説明してほしいが、これ以上大した説明は得られないだろう。

現地で色々試すしかない。


「それじゃ転生させますね。何か聞き忘れたことはありますか?」


「どうせ聞いても教えてくれないんだろ。やってくれ」


「ふふふ」


フランベルのかざしたままの両手が、再び光を放ち始めた。

最初に場面が葬儀場に移動した時と同じように、光は次第に強さを増し、眩しさに自然と目を閉じる。


「神子塔矢。好運を祈ります。いつかまた、この場所で」


フランベルの言葉を最後に、オレは意識を失った。

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