転生した異世界で少子化対策大臣に任命されました。それなら自分、チーレムいいっすか?

@kokinnta

第1話 胡蝶の夢

目を開いた瞬間は、目覚めたことにも気づかない。


今見ていた夢の内容を思い出すこともできない。


現実と夢の境界線を行き来して、おもむろに自己を取り戻す。


この世に生まれてから、幾度となく経験した、これは目覚めだ――。


視界の先には、一面の青。


知っている。これは空だ。

雲ひとつない青空に、澄んだ空気が頬を撫ぜる。

背中は柔らかく、腕には、さらさらと気持ちのいい肌触りを感じる。

どうやら、オレは草原に寝転んで、空を仰いでいるようだ。


「夢か」


オレは昨日もいつもと同じように自宅のベッドで就寝したはずだ。

草原で寝っ転がってそのまま睡眠するなんて洒落た旅人のようなことは、一生に一度もしたことはない。


どうやらこれは明晰夢というやつだ。

要するに夢の中で、これは夢だと気づいている状態。


「明晰夢は久しぶりだな。まあ、気持ちがいいから嬉しいな。」


大失敗をやらかして、35歳にして会社をクビになり、結婚を予定していた彼女にも浮気されて振られ、人生に絶望していた。


毎日毎日、酒に溺れ、失業したまま無為な毎日を過ごしていた。

変わらない最悪な毎日、徐々に壊れていく心。


いっそ死んでしまおうかと思っていたところだ。

例え夢でも、この澄んだ青空を眺めていると、気持ちがよくなって助かる。


体を起こしてみると、草原は見渡す限り、延々と続いていた。

周りに建造物はひとつも見当たらず、山などの隆起も確認できない。


果てに見える地平線は不自然なほど真っ直ぐで、非現実さがより増している。

ここには、空と草原と風しかない。シンプルでいい。


夢の中だが、このまま、2度寝と行くか――。

そう思い、もう一度寝っ転がろうとすると、何かが背中に当たり、それに腰掛ける形になった。


背中に伝わる感触は、硬い棒のようなもので、2本ある。

これは、足か?


「神子塔矢――」


頭上から、オレの名前を呼ぶ声。声質は女性、か?


吹く風の音と交わりながら鼓膜を揺らす声は、美しいメロディのように聞こえる。

この足の持ち主が喋っているのか?


「あなたは死にました」


死ぬってどういう意味だっけ?と一瞬考えて、なんとなく納得した。


「そうか。オレは死んだのか」


「驚かないのですか?」


「いやこれって夢だろ。夢の中ってそういう変なこと言い出す奴がいるもんだし」


「・・・」


沈黙。

別に答えを求めているわけでもない。


声の主を確認するために態勢を変えることもせず、足に寄り掛かったまま、オレは、ボーッと遠くの地平線を、眺めた。


「神子塔矢」

「あなたは死にました」


また同じことを言っている。

こういうところも夢っぽい。

何か言い返したりすると、場面が変わったりするが、この気持ちの良い場所から移動するのは勘弁してほしい。

せっかく夢を夢だと認識できているのだから、夢の内容は選ばせてほしい。

ということで無視する。

あー、気持ちいい風だなー。



「ゴホンゴホン!!神子塔矢!」

「あなたは死にました!」


うるさいな。

咳払いまでして大声出して、夢にありがちな、めんどくさい登場人物だ。

黙っててくれ。


「神子塔矢あ!あなたは死んだんですう!!」


「うわ!」


びっくりした。

目の前に人の顔がいきなり出てきた。


背後から動かずに顔をぬっと覗かせてきたので、顔が上下逆で、顔の造りはよくわからないが、やはり女性のようだ。


長い金髪は、草原の草先に触れるくらいまで垂れている。

瞳は蒼く、肌は透き通るように白い。


「わかったわかった。オレは死んだんだろ」


「やっと答えましたね・・本当にわかってますかあ?」


「わかったわかった。怖いからちゃんと目の前に立ってくれよ」


女は顔を戻し、回り込んでこちらの前に移動した。


先ほどはわからなかったが相当な美人だ。

金髪蒼眼を携え、きれいに整った顔は、周りの草原と青空と相まって、絵画のように色彩豊かな美しさだ。


スタイルも相当によく、人間離れしている。

服装は、ひらひらの布で作ったような服を着ていて、まるでギリシャ神話の女神のような格好だ。

現代でこんな格好をした人間がいたら、コスプレか、ドラマの撮影だと思うだろう。


「何をデレデレしてるんですか?神子塔矢」


思わずみとれていると、女神(仮)が呆れた顔で話す。


「デ、デレデレしてねえよ!ってか夢なんだから、ちょっとくらいいいだろ!」


「夢って、やっぱりわかってないじゃないですか!」


女神が声を荒げる。


「何がだ」


「だーかーら、これは夢じゃないです!あなたは死んだんです!」


「だから、っていう夢を見たのさ、って奴だろ」


「ちがいます!あーもうどうすれば分かってもらえるんですかね・・」


女神は、頭を抱えて唸る。

うーむ、しかしよく出来た登場人物だ。

表情といい動きといい、まるで本物の人間だぞ。


「よし、じゃあーーこれでどうですか?」


女神が手を頭上にかざすと、草原が白く輝き始めた。

これはーー夢の場面転換だ!

せっかく気持ちいい場所だったのに、こいつのせいで場面が変わってしまう。


少しばかり惜しい気持ちもあるが、所詮夢ではある。

もっと面白い場所に行くかもしれないしな。

オレは、軽く考えていた。

草原の光が強くなるにつれて、眩しくて目を開けていられなくなった。

思わず目を閉じて数秒、光がおさまったようなので、目を開けると、想像だにしない場所に立っていた。


真っ黒な服を着た人たちが周りに座っている。

一様に悲しそうな顔をして、目を伏せている。

意味を汲み取れない棒読みのお経が、響き渡る。

ここは、葬儀場だ。


あたりを見渡すと、知っている顔が、ちらほら見えた。

友人、元同僚、そして、母親。

母親は、肩を震わせて泣いているようだった。

その泣き顔に、思わずびくりとした。


一体誰の葬式なんだ?こんなに知り合いがいるということはオレも知っている人間か?

疑問に思い、オレは仏壇の写真を見た。見てしまった。


「えーーーー」


思わず絶句する。

そこに置かれた写真は、オレの写真だった。

なんの変哲もない、くたびれたおっさんの写真、しかし紛れもない「神子塔矢」自身の写真だ。


「なんでーーー」


これは悪い冗談だ。

心臓が激しく鼓動する。

「オレ」が死んだなら、今ここにいる俺は何なのか、そんな当たり前の疑問を抱くこともできず、自分の葬儀を目撃するという、不気味さにただただ押し潰される。


そうだ、これは夢だった。

自分が死ぬという悪夢なのだ。

その証拠に、周りの人間は誰一人、俺に気付いていないようだ。

もういい、早く目覚めたい、なんでもいいから早く目覚めさせてくれ。


「だから夢じゃないですよ」


気がつくと、女神が目の前に立っていた。


「嘘だ!こんなの嘘だ!夢だ!夢なんだ!」


「自分の葬式見てもまだそんなこと言いますか?」


「嘘だ!!!ふざけやがって!!クソが!」


オレは女神に殴りかかった。

が、寸前で女神の姿は消え、振り上げた拳は空を切り、前のめりに派手に転んだ。

だが、もう動けない。突っ伏したまま体が言うことを聞かない。

心が理解を放棄している。


オレが死んだ?なぜ?どうして?ありえない。なんで。


グルグルと否定の単語が頭の中を回っている。

そこから、思考に発展することはない。ただ回っているだけ。


「うーん、逆効果でしたかね」


消えた女神の声が、目の前から聞こえる。

聞こえない聞こえない、喋りかけるな。


「だけど、あなたも直感として分かっているでしょう?」


諭すような声で女神は続ける。


「参列した人々のやるせない表情や涙、それらが集まって場に溢れている悲しみの波導のリアルさは、夢や幻の一言で片付けられるものじゃないでしょう?」


そのとおりだ。

女神の言うとおり、本当は自分の写真を見たときに、直感的に理解した。

これは、紛れもなく自分の葬式だ。

自分は死んだのだ。


だが、頭では分かっていても、心が納得しない。

末期癌を申告された患者が、自らの死を否定するのと同じだ。

心は往々にして、辛い現実に従うことを放棄する。

依然として、オレは突っ伏したまま動けなかった。


「切り替えられませんかーーー」


女神はため息をつく。


「前の召喚の時とは随分違う、やはり勇者の資質を持つ者は特別ということですかねーーー神子塔矢、そのままでいいから聞いてください。」


「確かにあなたは死にました。しかし、生き返るチャンスがないわけではありません」


指が動く。

活動を停止していたオレの体と頭に活力が戻る。

いま、重要なことを言わなかったか?


「ですが、そのチャンスを得るには条件があります。」





「神子塔矢。あなたには、ある世界の少子化問題を解決してもらいますーー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る