[10-6]吸血鬼騎士は国王陛下と対談する(下)
「陛下は最初から、俺とライのことを知っておられたのですか?」
ふと抱いた疑問をそのまま口にしたら、国王陛下は笑顔で頷いた。
「もしきみたちがグラスリードに来たら親切に迎えるよう、シャラール国王に頼まれていたんだ。シャラールは最近まで帝国の魔族によって虐げられた人間族の国家だ。立派な功績を残したとはいえ、魔族のきみたちが他国へ逃れるしかないというのも当然のこと。おそらく、同じ人間族の国であるウチに亡命してくるだろうと国王は見越していたんだろうよ」
「そう、だったんですね」
新しいシャラールの国王は前王統の血を継いでいない。付き合いも短かったし、利害の一致で組んだ相手だった。
どうやら俺が思っていた以上に心配をかけていたらしい。
まさか帝国の魔族だった俺を気にかけ、グラスリード国へ先手を打っていたなんて。
まったく、俺の性格をよく把握しているものだ。
逃亡先にはいくつか候補があった。
第一候補は帝国に次いで大きな力を持つノーザン王国。王が変わってから、他種族への迫害を王命により禁止され平和になったことは知っていた。だけど、同じ吸血鬼の魔族が治める国に行く気にはなれなくて、真っ先に選択肢から除外した。
この世界にあるいくつかの国の中で、人間の国家はグラスリードだけだった。
おまけに資源が少なくて帝国に狙われにくいという好条件。
だからひっそりと暮らすには最適だと、選んだわけだけど。
人間の国家を好んで選んでいるあたり、魔族になる前に人間として生きていたあの頃に、まだ俺は執着しているのかもしれない。
「ずいぶんと遅くなってしまったが。キリア、きみと友人のライネスを改めて歓迎するよ。行くところがないのなら、グラスリードの国民になりなさい。きみが何と言おうと、きみは娘の恩人だ。できることなら、この城に滞在してくれると嬉しいな。娘もきみのことが気になっているようだしね」
「えっ、いや、でもそれは……、ええ!?」
「ふふふ、きみは面白いなあ。シャラール国王の話を聞いて、性格的には私ときみは似たタイプだと思っていたのだけど、どうやら違ったようだ」
国王陛下はマイペースにくすくすと笑っている。
この人は、どうして笑っていられるんだ。
自分の愛娘が、悪名高い帝国の魔族であるこの俺が気になっているなどと、なぜ平気な顔で口にできる?
しかも俺は吸血鬼だぞ!?
やっぱりこの国王、何を考えているのか分からない。
考えていることが顔に出ていたんだろう。
しばらく笑った後、陛下は困ったように眉を下げて俺を見た。
「どうにも腑に落ちない顔をしているね」
「当たり前です。俺は帝国の魔族ですよ? どうしてそんな得体の知れない男を城に招き入れられるのですか?」
「今のきみは帝国に所属していないし、我々に危害を加えるつもりはないだろう? きみがどういう人物なのかは、すでにきみ自身が行動で示している。私の選択に間違いはないよ。それにね、」
言葉を切り、陛下はちらっと窓の外に目を向けた。
つられて外の様子を見れば、姫様やライ達が動揺した顔の兵士達に話しかけている。
「私は生涯の伴侶を自分で選んだ。だから、娘にも自分の好きな相手くらい好きなように選ばせてあげたい」
この人は俺のことをどこまで把握しているんだろうか。
まるで、精霊やいにしえの竜と対峙しているかのようだ。
心を見透かされているようで、少し怖い。
陛下が姫様のことを大切に思っているのはたしかだ。娘に向ける眼差しはやわらかく、とても優しい。
「姫様の選んだ相手が、どこの馬の骨とも知れない男だったとしても、ですか?」
「誰を選ぼうと私は驚かないさ。ティアのことは信頼しているからね」
「そう、ですか……」
ユミル国王は、俺の知っている王とは少し違っている。
普通、王族や貴族というのは国や家督を重きに置く。人生の選択において、自分の希望なんて二の次だ。
なのに歩む道を自由に選び取れるよう、国王自ら手を差し伸べるだなんて。
まるで、庶民の父親のようだ。
姫様にとって、陛下は優しくていい父親なんだろう。
だから俺がどうしたいか聞いた時も、彼女は素直に答えることができたんだろうか。
ああ、そうか。もしかしたら、俺は少し間違えていたのかもしれない。
姫様のことを思って、彼女の体裁とか王族としての立場ばかりを考えていたけれど、俺は姫様自身に向き合っていなかった。
出会ってからこの王城にたどり着くまで、いつだって姫様の望みを聞いてきたのに、彼女が俺に望んでいるのは何なのかちゃんと聞こうともしなかった。
人生はひとつきりだ。
姫様のしあわせは俺なんかが決めることじゃない。彼女自身が決めることだ。
今、決めた。
もう一度、姫様と話をしよう。
彼女の期待にぜんぶ応えられるかは分からないけれど、今度は逃げずに俺の気持ちを伝える。
騎士として、また一人の男として、覚悟を決める時だ。
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