[10-5]吸血鬼騎士は国王陛下と対談する(上)

 持っていた剣を放り出し、気絶したロディの腕を縄で縛った。


 俺は剣士だから、魔法はあんまり得意じゃない。いにしえの竜のことや魔法に関する知識があるのは、知り合いに腕のいい精霊使いがいたからだ。

 本当だったら眠りの魔法をかけたいところだけど、ないものねだりしたって仕方ない。


 ロディを拘束して身の安全を確保してから立ち上がると、ライとノアが抱き合っていた。

 公衆の面前というのに、親友ときたらほんと図太い神経だなと思う。いや、大きな覚悟を決めて我が道を行くライが、俺は羨ましいのかもしれない。


 ——と、考えていたら、細身の猫が背丈よりも大きな両扉を通過して入ってきた。


 耳の先と細い尻尾が黒く、二藍色の美しい毛並み。

 もちろんただの猫ではなく、獣の姿に変身したケイトだ。


 情報屋として、また諜報員として優秀な技術を持つ彼女には、特別な役割を持たせていた。

 それは地下牢に囚われているであろうノアと国王陛下の救出だ。

 俺達が踏み込んできた時に、囚われている人達が人質にされないように先手を打っていたというわけ。

 まあ。玉座の間に踏み込んだ時はさすがに、国王陛下の姿を見て肝が冷えたけれど。


「こちらはあらかた片付いたわけだけど、外はまだ盛り上がっているようだね」


 やわらかく低い声で、国王陛下はそう言った。

 窓から外の様子を見てみると、その言葉の通り、城門では大輪の花のような炎が湧き上がっている。

 けれど不思議と悲鳴は起こっていない。


 そういえばハウラは誰も傷付けたりせず、なおかつ誰の目をも惹きつける最高の手があると言っていたけれど、何をしているのだろう。


 よくよく目を凝らしてみると、城門の前では一人の女が舞いを披露しているようだった。

 彼女の周りを飛んでいる尾羽の長い鳥はララだろうか。女がくるりと回り、鳥が翼を動かすたびに火花が散り、紅い大輪の花が咲く。

 一瞬で消えてしまうのは炎だからか、それとも……?


「ハウラさん!?」

「これは珍しい。彼女はフェネックの獣人じゃないか。かの有名な砂漠の踊りを見たのは私も初めてだよ。……だけど、そろそろ止めさせた方がいいかな。あれは本物の炎のようだし、兵士達が火傷を負ったら大変だ」


 そうだよな。あれは特殊効果とかじゃなく、本物の炎だよな。

 ガルディオは何をしているんだろう。

 彼のことだから、被害が及ばないように国民や兵士達がハウラに接近させないしているんだろうけど。


「ティア、外にいる騎士達と一緒に彼女たちの舞いをやめるように言ってきてくれないか。ロディは捕らえ、王城はもう取り戻したから心配はいらないと、兵士達にも伝えてきてくれ」

「う、うん。わかった!」

「じゃあ、わたしも一緒に行くわ。姿を見せた方がハウラさんも安心するでしょ」

「そうだな。俺達もついて行くか」


 素直に頷いて一番先に姫様が出ていく。

 後を追うようにノアとライが出て行き、最後に青藍と犬もついて行ってしまった。


 みんなが行くなら俺も向かった方がいいかもしれないな。


 放り出したまま剣を鞘におさめ、足を一歩進ませた時だった。


「きみが娘を助けてくれたキリアかい?」


 突然、国王陛下に声をかけられた。


 数日の間、牢に監禁されていたせいだろうか。

 少し髭が伸び、白と青の宮廷服も少し乱れていたが、俺を見る水色の瞳は力強い。

 儚げな雰囲気はまったくないのに、どうしてなのかな。やっぱり姫様に似てるなと思ってしまった。


「そうです。ユミル国王陛下、ご無事でなによりでした。この度は俺の作戦にご協力くださり、ありがとうございました」


 肩膝をつき、敬意を込めて頭を垂れる。


 ケイトは山猫の獣人だからか潜入が得意らしく、国王陛下にも情報を渡していた。どうやら彼女は二重の依頼をこなしていたらしく、ユミル国王からの依頼も受けていたらしい。だからついでに今回の作戦内容も国王に伝えてもらっていたのだ。

 ちなみに国王からの依頼は、姫様と姿を消した若い騎士、クローディアスの安否の確認だったらしい。

 情報を受け取っていたからこそ、ユミル国王はあの犬が誰なのか、どういう状態なのかぜんぶ知っていたのだ。


 作戦内容を共有していたからこそ、今回はうまく事を運ぶことができた。その直前にノアが捕まってしまったのは完全に誤算だったけど。


「頭を上げてくれないか、キリア。改めてきみに感謝と礼を伝えたい」

「いえ、俺は大したことはしていません」

「きみはグラスリード国を救ってくれた英雄だ。娘の命を救い、王城まで導き、政敵を捕らえてくれた。なによりこの島に根付いていた呪いの件まで解決してくれたそうじゃないか」

「え、英雄!?」


 しまった、思わず顔を上げてしまった。

 それもこれも、国王陛下がいきなりとんでもないことを言い出すからだ。

 

 英雄だなんて、それはいくらなんでも大げさ過ぎないか!?


「陛下、それは褒めすぎです! 王女殿下の命を直接救ったのも呪いをなんとかしたのも、いにしえの冥王竜です。俺がしたことといえば、診察と護衛くらいで」


 そもそも、その護衛さえも中途半端で、まともに務められなかった。

 姫様を庇った結果とはいえ、毒の後遺症でほとんどベッドの上だったわけだし。


「大丈夫。詳細はケイトから聞いているよ。だけどね、控えめで大人しい性格だった娘が、我々を助けようと奮闘するようになったのはきみがあの子を王城まで導いたからだと、私は思う。きみはグラスリードの国民ではないのに、ロディや氷の魔物の手で潰されぬよう命がけで救おうとしてくれた。決して過大な評価ではないと思うけどね」


 くすりと、陛下が笑う。

 ガラス玉のような両目が、俺の姿をとらえた。


「そうだろう、キリア=ウィスタリア。——いや、ウィスタリア卿と言った方がいいのかな」


 一瞬にして、目の前が真っ暗になった。さあっと頭から血の気が失せる。


 捨てたはずの家名。俺の肩書き。

 ウィスタリアとは帝国にいた時に名乗っていたセカンドネームで、今では口にもしたくない、俺を吸血鬼へ変えた男の名だった。


「国王陛下、どうしてそれを」


 唇が震えているのが自分でも分かる。

 陛下は変わらずやわらかく微笑んでいたが、俺にとってはその愛想のいい顔さえも恐ろしく感じる。


 隠し事はできないということか。


「イージス帝国の貴族院は有名だからね。騎士団長や宮廷魔術師の長など、高い地位を持った筆頭貴族の集まりで、実質帝国の権力を握っているとも聞く。だけど、私がきみのことを知っているのは、帝国とは関係ないんだ」

「どういうことですか?」

「ふふ。ウィスタリア家の当主とハイドレイジア家の子息が共謀して、人間族の国家シャラールを独立させたのは結構有名な話なんだよ? その噂はこのグラスリードにもしっかりと届いている」

「……そうなんですか」


 どうりで俺のことを知っているわけだ。ということは、ライの素性もバレているな。


「まあ、私がきみたちについて詳しく知っているのは、理由がある。新しく独立したシャラール国の国王とは最近書簡でやり取りしていてね。キリアとライネス、きみたちのことは信頼のおける人物だと聞いていたよ。帝国によって囚われた翼族や獣人の子達をシャラール国へ、秘密裏に難民として逃れさせていたこととかね」


 いつの間に! シャラールが一つの国として機能したのはここ数年のことだ。しかも国と国の距離だってかなり離れてる。いつの間に交流していたんだ。

 この国王、姫様に似て虫も殺せないような顔をしてるのに、意外と食えない性格をしているのかもしれない。


 もしかして、ケイトに話を聞いた瞬間から、陛下は俺のことに気づいていたのだろうか。

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