9章 追放王女は作戦準備をする
[9-1]王女、会議に参加する
「姫様のことは、忠誠を捧げるべき主君だと思っているよ。もちろん、大切に思ってる」
テーブルにお皿やスプーンを並べながら、その言葉が頭の中でぐるぐると回る。
どうして、いつも騎士としての言葉しか言ってくれないのかしら。わたしは、キリアの本心が知りたかったのに。
「姫様、俺はシチューを運んでくるから、これもテーブルに置いてもらえる?」
「ええ、分かったわ」
そのキリアと言えば、パンやサラダを盛った器をトレイにのせて手渡してきた。
気まずい雰囲気なんてないし、いつもと変わらず話しかけてくれる、んだけど……。
手伝いたいと言い出したのはわたしだし、始めたことは最後までやり遂げたい。
頷いて受け取ると、キリアは穏やかに微笑んでくれた。
でも、わたしはやっぱり気持ちが煮え切れないでいる。
* * *
「初めての料理が
キッチンから追い出されたのに、食事の時間になって戻ってきたライさんはそう言って喜んでくれた。
「そうかな? でもわたしは野菜を切っただけで、ほとんどの作業はキリアがしてくれたのよ」
「具材だってきれいに切れてるんなら上等じゃん。俺なんてあんま器用じゃねえから、なんでも大雑把でさー」
快活に笑いながら席に着いて、ライさんはよく褒めてくれた。きつい言葉を浴びせたのは、やっぱり申し訳なかったな。
彼って帝国の元貴族にしては人当たり良くて、どこか近づきやすい感じがする。いつも明るいし。穏やかな雰囲気のキリアとは真逆のタイプよね。
「冥王竜たちには声かけてきたんだけど、まだ当分時間がかかるってさ。俺達だけで先に食べてしまおうか」
「そっかー。それなら冷めないうちに食べてしまった方がいいよね。せっかくキリアさんとティアちゃんが作ってくれたんだし」
「ガルディオにワタシも賛成だ。無駄にできる時間もないしな」
ガルくんとケイトさんも了承してくれたことで、わたしたち五人はさっそく夕食をとることになった。
シチューはたくさんあるし、キリアならリシャさんやシロちゃんの分を取り置いてくれているはず。シロちゃんって魔物だし、そもそもごはんを食べるか分からないのだけど。
あれ、そういえば。クロがまだ戻ってきていないわ。
まだ獣人さんみたいな人型のまま、外を巡回してるのかしら。
今は魔物だから寒さなんて感じないんだろうけど、わたしから離れてる時間がずいぶんと長いような気がする。
今のクロはとても強いし、心配はいらないとは思うのだけど。
添えてある白いサワークリームも一緒にすくって、食べてみる。
口の中に入れた瞬間、クリームと溶け合った優しい味がひろがっていって、頬が緩んでいくのが自分でも分かった。
やっぱりすごくおいしい。
お店で食べた時ももちろんおいしかったんだけど、自分で作るとさらにおいしく感じちゃう。
「やっぱり
「オレ初めて食べたけど、赤いのに辛くないのが不思議だよね」
「そっかそっか。ガルディオは初めてかー。グラスリードでは人気の煮込み料理なんだぜ」
同じグリフォンだから気が合うのか、ガルくんの蒼い頭をライさんがわしゃわしゃとなでている。
二人が楽しそうに話しながら食べてるのを見てると、まるで兄弟みたい。おいしく食べてもらえてよかった。
ふと気になって、隣で食べているキリアの顔をそっとのぞいてみる。
「キリア、今日のシチューはすごくおいしく感じるわ」
「それはよかった。きっと、姫様が自分の手で作ったからだよ」
思いきって話しかけてみると、彼はいつもと同じようににこりと微笑んでくれた。
キリアとの距離感は前と変わらない。
すぐ隣にいるのに、どうしてこんなにも遠く感じるのかしら。
やっぱり、キリアはわたしのことを主君として見てるだけってこと、なのかな。
彼はずっと大人だもの。
わたしはまだ十七年しか生きてないし、きっとキリアにとっては子どもでしかないのかも。
それなのにわたしったら、さっき彼に対してかなり恥ずかしいこと言っちゃったんじゃないかしら。
わ、わたしのことをどう思ってるのって。勢いで聞いてしまったとはいえ、なんてことなの!?
ちょっと待って。そんなの、わたしがキリアのことを好きだと言ってるようなものじゃない。
はあ、また部屋にこもって冬眠したくなってきちゃったわ。
料理をすべて食べ終えてお皿を下げても、冥王竜やリシャさんたちは部屋から出てこなかった。
仕方ないからリビングルームにいるメンバーだけで作戦会議をしようということになって、ケイトさんが紅茶を淹れてくれた。
それぞれにカップが行き渡ったのを確認してから、キリアが話を切り出してくれた。
「毒で倒れてしまったからかなり遅れてしまったけど、当初の予定通り作戦を進めようと思うんだ」
「そうだな。ロディが呪いによる精神干渉を受けているにしても、まず城を取り戻さなければ意味がない」
「ま、姫様達がリシャールのとこに行ってた間もケイトは情報集めてたし。今すぐってのは無理だけど、近いうちに実行できると思うぜ?」
ケイトさんは懐から手帳を取り出して頷いている。ライさんも訳知り顔といった感じで、得意げに笑っていた。
この様子だと、二人は作戦の内容をもう知ってるのかな。
「姫様とガルディオにはまだ言ってないから話しておくね。近いうちに城に乗り込んで、奪われた王城と前国王——ユミル国王を取り戻すという作戦を考えていたんだ。そのために情報屋のケイトを雇って少しずつ準備を進めていたんだよ」
「そうだったの。でも、ロディ兄さまはどうするの?」
「もちろん捕まえる。リシャールによると、彼は呪いをかけることはできても、解くことはできないらしい。魔物の力を使っているわけだから、当然といえば当然だけど。解呪に関しては、きっと冥王竜がなんとかしてくれると思う」
やっぱり、捕まえなくちゃいけないわよね。今、王城の
兄さまのナイフのような鋭い目を思い出して、憂鬱な気分になりかけてたら、ガルくんが「あのさ」と話し始める。
「ロディに関しては大丈夫なんじゃないかな。オレ
「そうか。ありがとう、ガルディオ。それなら、話は決まりだね」
テーブルの上で組み合わせた指を解いて、キリアはわたしたちみんなをぐるりと見渡した。
「まずは城に乗り込んでロディを捕縛し、冥王竜とい……いや、クロに解呪してもらって正常に戻す。その上で国王と王城を奪還する。シンプルだけど、この作戦でいこうか」
「そうだな。まずはどうやって城に入り込むか、だが」
ふぅむと唸って、ケイトさんは難しい顔で考え始めた。
そうよね。お城は城門から兵士によって厳重な警備が敷かれているわけだし。
そもそもロディ兄さまはキリアと顔を合わせてしまっているわ。自分より強い吸血鬼の魔族を警戒しないわけがない。
一体、どうすればいいのかしら。
「侵入方法については考えがあるから大丈夫。ケイト、きみには引き続き城内の情報収集を頼んでもいいかな?」
「ああ、それは構わないが……。了解した。アナタが大丈夫だと言うんだ。信じよう」
いくら考えても思いつかなかったのに、キリアはもういいアイデアが浮かんでるみたい。すごいわ。
素直に頷いて、ケイトさんは手帳をパタンと閉じる。
「ガルディオはここにいないハウラやノアとの連絡役を頼んでもいいかな。手紙を届ける役目をお願いしたい」
「うん、いいよ! ハウラさんとこはちょっと遠いけど、テレポートで行けばすぐだしね」
「そういうこと。手紙を魔法で届ける方法もあるけど、時間かかっちゃうんだよね」
ハウラさんやノア先生も、この作戦に協力してくれるってことなのかしら。
でもみんな一緒にお城に忍び込むわけにもいかないよね……。キリアはどうするつもりなんだろう。
「キリア、俺は?」
「ライも引き続き、ハウラやノアみたいな姫様の力になりたいと言ってくれそうな仲間を集めてくれないかな。たぶん前国王派は王都に多く潜んでいると思う」
「オーケー。後で、作戦の内容詰めようぜ。城に入り込むグループと陽動するグループに分けた方がいいだろ」
「そうだね」
話を聞いてみると、作戦の立案者はキリアとライさんってことになのかしら。やることがいっぱいありそう。
自分の国のことだし力になりたいけど、わたしはあまり外に出ない方がいいよね。
「あまり時間を置きたくないところだけど、準備期間は一週間くらい取ろうか。それまでロディの動向には俺も注意しておく」
わたしはどうすればいいのかな。
お家にいながらできる仕事といえば、料理くらいかしら。
でも、初心者のわたしが一人で満足に手料理を振る舞えるとも思えないわ。
作戦の準備で、きっとキリアは考えることがいっぱいだろうし、あまり負担をかけたくない。
ここはやっぱり、クロに頼んで教えてもらった方がいいかな。
彼は料理が得意だし、きっと快く引き受けてくれるわ。
自分の中で結論が出て、わたしは明るい気分で紅茶を飲んだ。
そういえば、まだクロは戻ってこない。
外はもう真っ暗だし、何をしているのかしら。
『大変です!』
切羽詰まった声と同時に、勢いよく扉を開ける大きな音が部屋中を満たした。テーブルの上にあるカップが少し揺れる。
あれは忘れもしない、ちょうど脳内で噂していたクロの声だわ。
「クロ、どうしたの?」
椅子から立ち上がったと同時に、転がるようにクロが部屋の中に駆け込んできた。
急いできたのか、大きな犬の姿で息を荒くしている。赤い舌を出したままで、すぐには答えられないみたいだった。もしかして、かなり遠くから走ってきたのかしら。
「……何か、あったのかい?」
戸惑った顔をして、キリアが近づいてきた。
それもそのはずだわ。
クロがこんなに取り乱す姿なんて、わたしも見たことないもの。いつだって落ち着いていて、笑顔を崩す時は滅多にないし。
目を閉じて、クロは大きく息を吸って吐き出すのを繰り返す。そうやって呼吸を整えてから、つぶらな黒い目を険しくさせて、わたしたちにこう告げたのだった。
『ついさっき起きたことです。ノアが、ロディに連れて行かれました』
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