[6-5]吸血鬼騎士は王女の答えを聞く

「姫様はどうしたい?」


 この問いかけをするのは、もう何度目だろうか。


 かつて国を滅ぼした古代の王族とかいにしえの呪いとか。姫様にとってはスケールが大きすぎる話だ。話についていくのに精一杯で、頭では理解が追いつかないだろう。


 そもそも魔物と融合した王子のもとへ連れて行けるわけがないというのが、俺の本心だった。

 姫様に万が一のことがあったらいけない。


 そう思っていたのだけど、気がつくと俺は姫様に声をかけてしまっていた。

 彼女のほんとうの望みを知りたくて、思わず問いかけてしまった。


 姫様は自分が王族としての責任を自覚している。

 一緒にいる時間はまだ短いけれど、彼女の言葉の端々にそれがにじみ出ていた。人間よりもずっと長く生きている俺の方が、感心してしまうほどに。


 彼女が頼ってきたら、もちろん助けてあげるつもりでいる。

 でもきっと、姫様は他人に選択を委ねることはしないだろう。


 不意に、姫様が顔を上げた。

 まっすぐな白藍しらあい色の両目に見つめられて、胸が高鳴る。

 揺るぎのない意思の強い瞳。迷いなんて、もう捨ててしまったみたいだ。


「わたしも行く。一緒に行って、この国を巣食う呪いの大元を断ちに行きます」


 実を言うと、俺は彼女がそう答えるだろうと思っていた。いや、確信していたと表現する方が正しいのかもしれない。

 グラスリード国に住む民を深く想う姫様なら、島を脅かす古代の呪いにだって立ち向かおうとするに決まっている。


「うん、分かった。姫様がそう決めたのなら、俺は一人の騎士として貴方に従うよ。でも、怖くはない?」

「こわい……けど、そのままにしておいたらどのみち国にとって危険なことには変わりはないわ。その魔物のせいでロディ兄さまが変わってしまったのなら、なおさらどうにかしないと。それに、」


 言葉を切って、姫様は俺から人外の男へと視線を移す。


「いにしえの冥王竜、あなたが一緒なら危険はずっと少なくなるわ。わたし一人では無理だけど、あなたや他のみんなと力を合わせれば、どんなに強い力を持った魔物が相手でもなんとかなる気がするの」


 口角を上げ、珍しく彼女は不敵に微笑んだ。


 その姿は、最初に出逢った頃にまとっていた儚さなんて、少しも感じられない。

 背筋をピンと伸ばして堂々としていて、なにより気品がある。


 不覚にも俺は、そんな姫様に目を奪われてしまったんだ。


「あはははは!」


 だと言うのに、この空気を読まない竜は大声でまた笑い始める。

 まったく繊細さのカケラもないヤツだ。いにしえの竜というのは、みんなこういう性格ばかりなのかな。


「オーケー、それなら一緒に行こうか。だけど、メンバーは絞った方がいいかもな。全員で行くには大所帯だ」


 ちらりと、紺青の瞳が俺に向く。


「キリア、あんたは魔物退治に行くか?」

「当たり前だろ。姫様だけ行かせられるわけがない」

「解った。じゃあ、ティアとキリア、俺とクロは一緒に行こう。呪いの残滓ざんしは俺だけでも処理できるけど、墓守犬チャーチグリムのクロがいてくれた方が効率がいいからね。あとは——」


 視線をさまよわせて、冥王竜は言い淀んでいた。

 おそらくあと一名くらいなら加えてもいいだろうが、迷っているのだろう。〝世界の嘆き〟はかなり強力な魔物だし、戦闘において技量の高い者を選出する方がいいに決まってる。


「ハウラ、あんた一緒に行かないか?」


 かれが選んだのは地質学者の彼女だった。

 まあ、当然だろう。中位精霊に名前を付けて契約しているあたり精霊との相性は抜群だし、彼女はおそらく魔法の技量も高い。


 だけど、意外と言うべきか、ハウラ本人は眉を下げてあまりいい顔をしなかった。


「あー、オレはパスするわ。本当だったら行きたいトコロなんだけどさ、さすがにララを氷の魔物のところへ連れて行けねえし……」

「ああ、それもそうだね」


 ひょいっと腕に抱え上げて、ハウラはララの赤い羽毛を撫でつけてやっている。

 ララは炎精霊だもんな。魔物は種類によっては精霊を捕食することもあるらしいし。

 彼女のような賢者たちは知的好奇心を優先するものだと思っていたけど、どうやら違ったようだ。ハウラとララは友情以上の、家族に似た絆で結ばれているのかもしれない。


「あのさ」


 不意に、青い髪の青年がおずおずと挙手した。

 たしかライと同じグリフォンの魔族で、ガルディオといったっけ。


「ん?」

「オレ、行ってもいいかな?」


 いやいや、何を言い出すのかな。この子は。


 ガルディオはどう見ても姫様と同じくらいの、十代後半くらいの子どもだ。そりゃ小さくはないけどさ。

 見た感じ彼は精霊使いみたいだけど、技量はそれほど高くはないだろう。

 戦力増強どころか、護衛対象が一人増えることになる。


「相手は国ひとつ凍らせるほどの力を持った魔物だ。怖くないのか?」

「怖くないわけじゃないけど、クロやみんなには助けられた恩があるし。それに、国を大事に想ってるティアちゃんの力になりたいんだ。ハウラさんの分まで、しっかりこの目に氷の魔物の姿を焼き付けてくるよ!」

「おおっ、ガル坊よく言った!」


 青い髪を豪快にかき撫でて、ハウラはガルディオに抱きつかんばかりだ。本音はやっぱり行きたかったんだろう。


 ——って、ちょっと待て。

 これはもしかして、彼が同行メンバーに加わる流れか?


 冥王竜はどう考えているのか。


 どうするんだ、という思いを込めて視線を投げかければ、言いたいことが伝わったらしい。かれは微笑みながら頷いた。


「解った。ガルディオも明日、俺たちと一緒に行こう」


 伝わっていなかった。

 いや、俺の言わんとしていることは伝わっていたはずだ。いにしえの竜も精霊同様、人の心が読めるのだし。


「おい、待て冥王竜。もしかしなくても、前衛は俺だけなんじゃないのか?」


 姫様はともかくとして、ガルディオも魔法職で後衛だ。冥王竜は後衛、になるのか……?


「そんなことはないさ。クロがいるだろう」

『はい! キリア、共に騎士として前に出て、務めを果たしましょう!』


 犬か……。

 うん、まあそうだね。魔物相手なら、こいつ強いみたいだし。悔しいけど。


「……そう、だね。よろしく」


 ついにこいつと行動を共にするのか。なんだか複雑な気分だ。


 頭を抱えたい気分を必死におさえていたら、不意にくいっと袖を引っ張られる。

 視線を移すと上目遣いの姫様と目が合った。


「キリア、わたしの気持ちを聞いてくれてありがとう。がんばろうね」


 ふわりと花が咲いたような微笑みを見たとたん、鉛のようだった心がいくらか軽くなった気がした。


 彼女といると、これまでずっと保てていた自分のペースが崩される。嫌なことがあっても、すぐに忘れそうになる。

 本当に不思議な人だ。


「うん。だけど、気負いすぎないようにね。姫様のことは何があっても守るから」


 彼女にだけは最上の笑顔を向け、自覚し始めた気持ちにふたをする。


 俺は俺の務めを果たせばいい。

 騎士として彼女を守ることだけに専念していれば、きっと。

 

 おこがましくもこの胸に抱き始めた想いを、押しとどめることができるだろうから。

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