7章 追放王女は森へ行く
[7-1]王女、冥王竜のことを知る
翌朝、わたしたちは早く起きて食事をとった。
今日の朝食を用意してくれたのはノア先生。
根菜がたくさん入った温かいスープに、ふわふわのオムレツ。焼きたての白いパンはやわらかくって、とても美味しかった!
昨夜のうちにあらかじめ準備していたから、すぐに身支度を整えることができた。
ノア先生やライさん、ハウラさんとララ、そしてケイトさんは家に残って、留守をあずかることになっている。
あまり大勢で行くのは良くない、ということみたい。
魔物の棲家は森の奥深くにあるみたいだし、はぐれたら遭難しちゃうのは危険だと冥王竜は考えているのかもしれない。
* * *
わたしとキリアはそれぞれ持てるだけの荷物を持って、ガルくんもハウラさんからあずかった大きなリュックを背負っている。
クロと冥王竜は手ぶらだった。
外に出ると曇っていたけど、今日は雲が少ない。
「さて、冥王竜。魔物の巣の場所は知っているんだろう? 貴方はグラスリードに来て間もないと思うんだけど、ちゃんと道案内できるのか?」
いざ出発という時になって、キリアが冥王竜に尋ねてくれた。
クスリと笑って、冥王竜は頷く。
「もちろんだよ、キリア。ただ歩いて行ったのでは時間がかかってしまうからな。巣の近くまで俺のテレポートで手早く移動することにしよう」
テレポート。
耳慣れたその言葉に、わたしは嫌な予感を覚えた。
たしか魔族の使う、一瞬のうちに遠くに移動できちゃう魔法だ。
キリアと出会ったばかりの頃、王都に移動する時にも使ったっけ。
頭がぐるんぐるんするほどひどく酔ったのは、まだ記憶に新しいわ。
それにしても、いにしえの竜のかれが、どうしてテレポートを使うことができるのかしら。
「ん? どうしたんだい、ティア」
「冥王竜は魔族じゃないのに、テレポートができるの?」
なんとなく聞いてもいいような気がして、思いきって聞いてみた。
一瞬だけ冥王竜は目を丸くしたけど、クスクスと笑い始める。
「ああ、そっか。ティアはまだ知らなかったよね。俺は無属の竜なんだよ。たしかにテレポートは魔族だけが使える魔法だけど、もともと無属の魔法なんだ。だから俺もテレポートが使えるのさ」
「えぇっ! 無属って、わたしたち人族でも珍しい、あの無属のことよね!?」
突然の告白に、わたしはひどく動揺する。
前に、歴史の授業で習ったことがあるわ。
この世界をつくったひとは、あまたに散らばっていた諸要素を六つの属性に分けたと言われている。
わたしたちの身体は精霊達の働きで維持されていて、その精霊の特徴によって個人の属性は決まってくるんだって。
たとえば、わたしの属性は水。歴史や魔法を教えてくれた先生は、水の中でも氷や雪の属性に近いって言っていたっけ。
だけど、無属性は六属性——火、水、風、土、光、闇には当てはまらない。銀河の属性とも呼ばれるほど特別で、珍しい属性なの。
それも一国に一人、現れるかどうかと言われているくらい。
だからわたしたち王族は、無属性のひとが助けを求めてきたら手を差し伸べなくてはいけない。
特別な魔法を使える彼らは悪い人達に狙われやすいから、国は無属性の人たちを保護する義務があるの。
「あれ、言ってなかったっけ?」
きょとんとした顔をして、冥王竜は首を傾げる。
ブンブンと首を横に振って、わたしは否定する。
「聞いてないよ」
「オレも聞いてないよ、冥王竜。初めて聞いた!」
大きなリュックを背負い直して、ガルくんも同意してくれる。
髪が暗い青色だったから、てっきり闇の属性だと思っていたもの。冥王竜っていうくらいだし。
「だから人に存在がバレたらマズいって言ってたの?」
「うん、まあね。無属竜の中でも、俺は魂の浄化と解呪を司る竜なんだ。だから呪いを解くのは打ってつけってわけ」
骨の両翼を少し広げ、冥王竜は得意気な顔で腕を組んだ。続けて、片目を閉じてウインク。
会った時から感じていたけれど、かれっていつでも楽しそうよね。
かれは母さまを匿ってくれた上に、わたしの命を助けてくれた。今は、氷の魔物退治にも力を貸してくれている。ほんとに、冥王竜には感謝せずにいられない。
「でもティアは俺が無属だって知ってるものだと思ってたよ。虚弱体質だったあんたの身体が丈夫になったのは、俺の魔石を飲んだせいなんだし」
「——え?」
なに、それ。初めて聞くんだけど!?
ゆっくりとキリアの顔を見上げると、彼はわたしの視線に気づいたみたい。目が合った途端、困ったように微笑む。
「正確には、冥王竜の魔石を材料にして作った幻薬、だけどね」
「それってノア先生がキリアのために作ったのと同じようなお薬なの?」
「そうだよ。この極寒の環境で回復するためには体力が必要だったから」
そういえば、聞いたことがあるわ。
たしか無属性の魔法って、時や空間に干渉するのよね。わたしの身体が丈夫になったこととなにか関係があったりするのかな。
『そうだったんですか。じゃあ、姫さまに体力がついたのは冥王竜とキリアのおかげなんですね! ありがとうございます』
うれしそうに尻尾を振って、クロは自分のことのように喜んでくれる。
でもキリアはなぜか顔を逸らして、「別に」と短く返していた。もしかして、クロが苦手だったりするのかしら。
「そうそう、人族が扱う無属の回復魔法は体力を回復させるのさ。まあなんにせよ、俺の魔石が人の役に立てたのなら良かったよ」
「うん、ありがとう」
どうりで最近、一日中外を歩いても平気なはずだわ。お城にいた頃だったら、どんなにあたたかくしていてもすぐに風邪を引いていたんだし。
最近調子が良かったのも、ぜんぶ、キリアのおかげだったんだわ。
「本当にありがとう、キリア。わたしがこうして元気でいられるのはやっぱり、あなたの治療のおかげだったのね」
「どういたしまして。俺の作った幻薬で姫様の身体が良くなったのなら、なによりだよ」
わたしを見て、キリアは顔を綻ばせる。
いつもの柔らかい微笑みとは違って、心の底から嬉しそうな笑顔に、寒空の下にいるのに胸があたたかくなった。
彼がわたしにしてくれたことを、知ることができて良かった。
一度だけ幻薬作りを手伝ったから、お薬を作るのがどんなに難しいのか、今となっては分かる。
正確な量、きちんとした手法で製作しなくちゃいけない。
忙しそうに動き回るノア先生の負担を軽くしたかったのに、わたしにできることは結局あまりなかった。
それくらい幻薬を作るのは特殊な技術が必要なんだと思う。
材料だって、決して安くない。
キリアに作った幻薬の材料は光竜の魔石だけじゃなくて、珍しい薬草もいくつか必要だった。
だから、きっとキリアがわたしに作ってくれた幻薬も、お金や時間、技術をかけてくれたに違いなくて。
でも。
どうしてキリアは、わたしにここまで親切にしてくれるのかしら。
そう思ったら、あたたかかった胸が一瞬で冷たくなった。
ざわりと不安のかたまりが入り込んで、鉛みたいに重たくなる。
冥王竜はわたしを助けた時、たまたま見かけたキリアにわたしの看病を頼んだと言ってたわ。
初対面で、王女とはいえ自国の王族ではないわたしに、どうして彼はいろいろ親切にしてくれるのだろう。
考えれば考えるほど胸がモヤモヤして、思わずキリアを見る。
目に力を込めてしまったせいか、彼は驚いたような表情で目を丸くしていた。
「姫様……?」
今なら彼の真意を聞けるかしら。
ちゃんと聞いたら、本当の気持ちを話してくれるかも。
よし。いくわよ、わたし!
心の中で気合いを入れて口を開こうしたその時——、
「さてと、雑談はここまでにして手早く行くとするか」
冥王竜に遮られた。
とっても悲しい。かれって、マイペースな性格なのかしら。
だけど、今の目的を見失ってはいけないものね。
かれはグラスリードに根付く呪いをなんとかするために来てくれているんだし。
そんなわたしの気持ちを知るはずもない冥王竜は、手を前に突き出してかざす。すると何もない空間に真っ黒な穴が突然現れた。
「これが俺、冥王竜独自のテレポートだ」
「なんか、イメージと全然違う!」
キリアがテレポートを使ってた時は穴なんてなかったし、一瞬だったんだけど!?
「いにしえの竜が扱う魔法は、あんたたち人族が普段使う魔法とは厳密には違うのさ。心配しなくても、穴の中に入れば安全に移動できるよ」
「へー、そうなんだ。じゃあオレ一番乗り!」
先陣をきったのはガルくんだった。おそるおそる近づいたと思ったら、目を閉じて勢いよく飛び込んじゃった!
勇気あるなあ。
続いて中に入ったのはクロ。
わたしはなかなか踏み出せないでいる。でも冥王竜が安全っていうからには大丈夫なんだろうけれど。
そして、キリアは……。
「なにボーッとしてるんだ。あと残ってるのはキリアだけだぞ?」
「俺を余り物みたいに言うな」
「そんなこと言ってないさ。心配しなくてもティアを直接守るのは、人であるあんたの役目さ。だから不安に思わなくていい」
「思ってない」
口を引き結んで、キリアは不機嫌そうにそう言った。
いつもの彼らしくない。もしかして、怒ってるのかな?
「キリア、どうしたの?」
「何でもないんだよ、姫さま。ただ、いにしえの竜は精霊と同じで、俺たち人の心を読むことだできるから、さ」
「ええっ、そうなの!?」
じゃあ、さっき悶々と考えてたこともぜんぶ冥王竜には筒抜けだったってこと!?
思わずびっくりして声を上げたら、プッと吹き出して笑われた。
絶対確信犯だわ。
「そんなにこわがらなくても大丈夫さ。表面的な心理しか分からないからね」
「だからキリアは怒ってたの?」
「いや、別に怒っていたわけじゃないけど……」
言葉とは裏腹に、キリアは軽く冥王竜を睨みつけている。
冥王竜には悪いけど、今のキリアの気持ちはわたしも分かるかも。
それにしても、彼はなにを考えていたんだろう。
なにか知られたくないことでも読まれてしまったのかしら。誰だって言いたくない秘密のひとつやふたつは、あるだろうし……。
なんとなく気になってキリアの顔色をうかがっていたら、ふと目が合った。
さっきまでのピリピリした雰囲気が消え、いつもの穏やかな微笑みに戻る。
「大丈夫だよ、姫様。俺は一人の騎士として、貴方のことを守るから」
「う、うん」
一人の騎士として、か……。
忠誠を誓ってくれたから、当たり前といえば当たり前なのだけど、どうしてかな。
その言葉が今の彼の気持ちすべてが表れているような気がして、なんだか切なくなった。
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