[5-4]王女、採掘を体験する

 肩にララを乗せたまま先導するハウラさんの後を続いて、わたしたちは洞窟の通路を歩く。


 意外と中は明るくて、見通しが良い。

 どうしてだろうと思ってよく見てみると、岩肌に白く発光している石が貼り付いていた。


 透明な銀色の石だった。これが光を放ってるおかげで明るいのね。


「この石って何なのかしら」

「うわぁ、すごいキラキラしてるね!」

「うん。とってもきれい」


 わたしの反応に続いて、感嘆の声をあげたのはガルくんだ。

 近くまで寄ってきてくれたので、二人並んで銀色の淡い光を放つ石を見つめる。


「お嬢、ソレが竜の魔石なんだぜ」


 にやりと笑ってハウラさんが教えてくれた。


「そうなの? ここで石を採掘しなくても大丈夫なの?」

「ココより良い場所があるんだ。もうちょい奥に行くとすげえもんが見られるぜ?」


 すごいもの。

 光る石というだけで十分すごいと思うのだけど、それ以上のものが奥には待っているってことなのかしら。


『ハウラさんとララさんが行ってしまいます。姫さま、行きましょう』


 軽い足取りで隣まで来て、クロがわたしに声をかけてくれた。


 雪のない洞窟内は外と違って足がもたつかないけど、代わりに少し滑りやすい。

 頷いて返事をしてから、慎重に足を進ませた。







 しばらく歩くと大きく開けた場所に出た。

 今までとは違って天井も高く、とても広い。ドアはないけど、まるでひとつのお部屋みたい。

 でもそれだけで驚くのは、まだ早かった。


「うわあ、すごい! 石がいっぱい!!」


 さっき通路で見た光る石が岩肌にびっしりと貼り付いていた。数えきれないくらいのたくさんの石が隙間なく埋まっていて、どれもまばゆく光っている。


「すげえだろ。石の質はこの部屋のものの方が良いんだぜ。だから、ここで採掘しよう」

「うん。わたしも手伝う!」

「オーケー、やる気十分じゃねえかお嬢。あ、ケイ坊やガル坊も少し協力してくれよな」


 会った時から思ってたけど、ハウラさんって面白いニックネームつけるよね。「お嬢」なんて呼ばれるのは初めてだけど、結構わたしは気に入っている。


 ハウラさんは地面に置いた大きなリュックから、布袋を三枚出してくれた。それをわたしとケイトさん、そしてガルくんが受け取る。


「でもさ、どうやって採掘するの? ツルハシとかオレ持ってないよ?」


 空っぽの袋を持ったまま、ガルくんが首を傾げて尋ねた。

 すると肩にとまっていたララが飛び上がって反応する。


『ツルハシはハウラが持ってるよぅ』

「いや、持ってるけど今回は必要ないから家に置いてきたんだぜ。竜の魔石は採るのに道具は必要なくてさ」


 赤い羽毛の頭の指で撫でてあげながら、ハウラさんは一旦言葉を切って壁際に近づいていく。

 淡く光る石と石のわずかな隙間に指を挿し入れ、そのまま引っ張るとパキッと音がして、石はいとも簡単に剥がれてしまった。


「こんな感じで、指ひとつで取ることができるんだ」


 わたしを含め、「おお……」とハウラさん以外がそれぞれ感嘆の声をあげる。


 試しに真似をして石を指に摘んだまま引っ張ると、軽い音を立てて剥がれる。

 全然力はいらないし、わたしでもそんなに難しくない。


「ほんとだ。すっごく簡単!」

「だろ? とりあえずノアっちにやる分と、オレも地質調査のために欲しいから……。そうだな、渡した袋がいっぱいになるまで採ってくれ」

「うん、分かった」


 頷いて、わたしは壁際で作業を再開した。

 ケイトさんやガルくんも少し離れたところで、パキパキと音を立て始める。

 

 いよいよ、魔石の採取を開始ね。キリアのためにも、ノア先生の依頼をきちんとこなさなくっちゃ。






 袋に半分くらいの魔石を詰め込んだ頃、近くでガルくんの声が聞こえてきた。


「えーと、ハウラさん、だっけ? この袋にいっぱいになるくらい石を入れても、洞窟の魔石ってなくならないよね?」


 採掘って話だったし、全部採り切ってしまうのだとガルくんは思ったのかも。

 なんとなく気になって耳を傾けていたら、洞窟内にハウラさんの笑い声が反響する。


「そりゃそうだろ。ま、魔石を採り尽くすワケにもいかねえし、残りはこのまま保存だな」

「保存……って、このままにするってこと? なんかそれももったいないなあ。こんなにきれいだし、加工してアクセサリーにしたら売れそうなのに」


 たしかにペンダントやピアス、イヤリングとかにしたら素敵かもね。

 キラキラしてるし光る石ってだけで、貴婦人の間では大人気なるんじゃないかしら。


 と、思っていたら、近くで採取に集中していたケイトさんがふと手を止めた。


「それはあまり勧められないな」

「えー、どうして?」

「竜の魔石は種類によって効果は様々で、研究材料にもよく使用されるから市場にもよく出回るんだ。ただ、絶対条件としていにしえの竜の巣穴でしか採れないから希少価値が高い」


 ひとつ岩肌から魔石を剥がして、手に取ってみる。

 てのひらにのった石はキラキラしていて、ほんのり光っていた。


「そうだぜ。これひとつ売れば結構な金を儲けることはできるけど、オレとしては迂闊なことをしてこの洞窟の場所を大っぴらにしたくねえんだ。ここは一応竜の巣穴で、光竜の家みたいなもんだからな。必要な分だけ採って、後は手付かずで去っていく。相手に敬意を示すってそういうモンだろ?」

「そうね」


 ハウラさんの言葉に、わたしも心から頷く。

 いにしえの竜にも心はあるって言ってたものね。光竜だってグラスリードにお家を持っているのなら国民のようなものだし、かれの尊厳を大事にしたいと思うわ。


「そっかー、なるほどね。誰だって自分が留守してる間に家を荒らされたら嫌だもんね」

「そういうことだな。ま、魔石を少しもらう分にはいにしえの竜もとやかく言わねえだろ。それになガル坊、ここはいっそのこと国の所有にしといた方が管理しやすくていいんだよ。乱獲されなくて済むからな。まあ国のゴタゴタがおさまったら、お嬢が王様に言ってくれるだろ。な、お嬢」

「へ? う、うん。ぜんぶ解決したらね」


 急に話題を振られてびっくりしちゃった。

 ハウラさんはずいぶん簡単に言うけど、まだ解決に向けて全然進めてないのよね。


 思わず乾いた笑みを浮かべていると、ガルくんがわたしとハウラさんの顔を交互に見て首を傾げる。


「国のゴタゴタ?」

「何だ、知らねえのか。今この国は、政変が起きてて大変なんだぜ。さてはガル坊、お前もオレと同じで余所の国から来たクチだな?」

「うん、そうだよ。オレもともと西大陸のノーザン王国出身でさ。入国したのは五日くらい前かなあ」

「まだ来たばっかりじゃねえか。それならこのオレが、古くから伝わるグラスリード国のある話を聞かせてやろうかね」


 えっ、それってあのおとぎ話のことかしら。

 思い当たる話はいくつか思いつくけど、彼女がどれをガルくんに話そうとしているかまでは分からない。


 そもそも島の外から来たのはハウラさんだって同じなのに、どうして国に伝わるおとぎ話を知っているのだろう。


 石を採取する手は止めずになんとなく耳を傾ける。

 クロやケイトさんも空気を読んでいるのか、口を挟まなかった。パキパキという軽い音だけが、小さく聞こえてくる。


「グラスリードの城の裏にはファーレっていう森が広がってるんだけど、これはその森にまつわる話だ」


 あ、いやな予感する。

 ファーレの森絡みなら結末に予想はつく。

 あんまり聞きたくはなかったけど、ハウラさんの語るお話とわたしの知るおとぎ話が合ってるとは限らないし、とりあえず聞いてみることにした。


「むかしむかし、城に住んでいた一人の王子様がいたんだ。その王子様は雪のような白い髪に、サファイアのように美しい瞳をしていて、それはとても美しい姿をしていたらしい」

「へぇ、白い髪ってなんかティアちゃんみたいだね」

「そうだな。——で、その王子には妹がいたんだ。その妹も人形のように可愛い容姿をしていて、王子はその子を可愛がっていたらしい。二人は互いに大切に想っていて、どこでも一緒にいるくらい仲が良かったんだってさ」


 一旦言葉を切って、ハウラさんは岩から剥がした魔石を袋の中に入れる。


「で、城の裏に広がってるファーレの森は氷の魔女が住んでいて、立派な洋館が建っていたらしい。ただ無闇に近づこうものならたちまち氷漬けにされて、森に入った者は誰一人帰ってくるものはいなかったそうだ。だから、森には絶対に一人で近付いてはいけないと両親に言われていた王子は、当然妹にも何度も何度も言い聞かせていた。ところが、」

「森に入っちゃったの!?」

「そ。まだ当時はグラスリードも雪が解ける時期があったらしくてさ、そん時に薬草を摘みに入っちまったらしいんだよな。いつまで経っても戻ってこないから、王子は当然森に入って妹を探した。そこで見つけ出したのは氷漬けにされた妹だったんだ」


 石を剥がす音がやんだと思ってガルくんを見れば、彼はひどくショックを受けた顔で固まっていた。

 たぶんこの中では、ガルくんが一番ハウラさんの話に聞き入っている。


「ええーっ、そんなの可哀想だよ。それでどうなったの!?」

「妹を大事に想ってた王子は魔女に会いに行った。縄張りに気づかず入り込んでしまった妹をどうか許してやって欲しいと、王子は心から魔女に頼み込んだ。すると、意外にも魔女はこう言ったんだ。お前が妹と引き換えにこちらに残るのなら、妹は助けてやるとな」

「どうして?」

「王子が美しい容姿をしてたから、単純に気に入られちまったんだろうなァ。王子は妹が助かるなら、その条件で首を縦に振ったんだ。そして約束通り、妹の身体を覆っていた氷は溶けて、無事に城に帰りつくことはできた。ただ、王子は二度と戻ってくることはなく、今でも魔女は王子を手もとに置いて暮らしてるって話だ」


 そうハウラさんは締めくくって話し終えた。すると途端にガルくんは「えー」と声をあげる。


「そんなあ。妹は助かって良かったけど、王子様が可哀想だよ。誰も助けなかったの?」

「相手は氷の魔女なんだ。そう簡単にはいかねえさ。ま、だけど、みんなで力を合わせれば助けられるのかもしれねえな」


 いつのまにかすぐそばにまで近付いてきているガルくんを見下ろし、ハウラさんは笑ってその青い髪をわしゃわしゃと撫でた。

 プラチナブロンドの隙間から出ている垂れた獣耳が、合わせてびょこびょこと上下に動いている。ちらちら見える眺めの尻尾も揺れてるし、話を聞いたガルくんの優しさにハウラさんは嬉しくなったのかも。


 それにしても、みんなで力を合わせれば助けられるかもしれない、かぁ。


 ロディ兄さまから国を取り戻し、父さまと母さまを助け出す。これが今のところ、わたしたちの目標。

 そう簡単になにもかもうまくいくわけがないことは、分かっている。

 だけど、今わたしのために集まってくれてるみんなと力を合わせれば、助け出すことも可能になるのかな。


 そう考えていたら、隣でため息が聞こえてきた。ケイトさんだ。


「それは実話じゃない。日が暮れたファーレの森に子どもが近づかないよう、大人達が作ったおとぎ話だ。夜になると狼が活発になるからな」

「そうなんだけどよ。でも、こういう古くから伝わる物語ってモノは、案外真実を織り交ぜて作ってる場合が多いんだぜ?」


 いっぱいになったのか、ハウラさんは袋の縁を紐で縛る。腕に抱える袋はパンパンに膨らんでいて重そう。

 薄い色の尻尾を一振りし、にぃっと白い歯を見せて彼女は不敵に微笑む。


「オレとしては、狼達を凶暴化させてる呪いの謎を解くにはこのおとぎ話にヒントがあると思ってんだ。ノアっちにコレを届けてひと段落したら、みんなに説明してやるよ」

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