[5-3]王女、青いグリフォンに会う

 厚く積もった真白い雪の上でたたずむ、鮮やかな青い毛並みのグリフォン。狼の牙からクロに助けてもらったものの、乱雑に扱ってしまったせいで怒ってるみたい。目をつり気味にわたしたちを睨んでいる。

 けど、ケイトさんはわたし以上に彼を怖がっていて、ぶるりと肩を震わせていた。


「いや、すまない。ワザとではないんだ。言葉を話せるのだから、魔族なんだろう。でも、その……なんだ、ワタシは見ての通り、山猫の獣人だから、グリフォンが苦手で……」


 いつも落ち着いた雰囲気でさらりと話すのに、今はとても噛み噛みな口調だった。そばで見ていてなんだか痛々しい。顔は青ざめていて下がりきった三角耳までぷるぷる震えている。

 ひと目見ただけで、本当にグリフォンが苦手なのだと分かった。


「ケイトさん、大丈夫?」


 見ていられなくて顔を覗き込むと、ケイトさんはにこりともせずに頷いた。


 うーん、あんまり大丈夫じゃないような。


『ま、そういうことなら仕方ないけどさ』


 青いグリフォンが目を閉じる。

 突然に体躯が白く光ったと思ったら、一瞬のうちに輪郭が溶けは人の姿になった。


 短く切られたクセのある青い髪。つり目がちな瞳は濃い藍色で、筋の通った形のいい鼻や薄い唇。顔の造形がきれいなのと尖った耳を見て、ケイトさんの予想通り彼は魔族なのだと確信する。

 ただ、背丈はキリアやライさんほど高くはない。たぶんわたしと同じくらいの年なんじゃないかしら。


 この極寒の地ではあまり見ない、よく日に焼けた健康そうな肌の色がとても印象的だった。


「グリフォンって、獣人のひとからすればそんなに怖いのかなあ」


 魔族の彼は口をへの字に曲げて、どこか不満げだった。

 そりゃそうだよね。放り投げられたり、落とされたりされたわけだし……。


「キミは人、いや他種族を食べたことがない魔族だから解らないかもしれないが、人喰いのグリフォンが獲物として狙うのは、大抵の場合ワタシのような獣人なんだ」

「ええっ! そうなの!?」


 思わずびっくりして、反応してしまう。


 でも思い返せばキリアも初めから怯えるわたしに親切で、無理に近づこうとはしなかった。

 彼がああいう行動に出たのは、吸血鬼の魔族が襲うのは大抵は人間の娘や子どもだということを自覚していたのかも。実際、わたしも父さまに口酸っぱく教えられていたわけだし。


「だから、実は……ライのことも苦手で」

「なんでライさん?」

「姫、知らないのか。ライもグリフォンの魔族なんだぞ?」

「そうなの!?」


 獣人だと知られてしまった相乗効果、なのかな。次々と意外な事実を告白されてびっくりしちゃう。

 そういえば、ライさんが魔族だっていうのは知ってたけど、実際にはどういう部族の人か全然知らなかった。


 一括りに魔族と言っても、変身できる本性はみんな違っていて多様性がある。


 たとえば、キリアは吸血鬼の部族だから本性は小さな蝙蝠こうもり……だと思う。変身したところは見たことないけれど。

 吸血鬼の人って、本性になっても小さくなるだけであまりメリットがないから、滅多に変身しないんだって。


 ロディ兄さまは人狼の部族だから、当然本性は狼の姿。


 この子はグリフォンだし、本当に部族それぞれで変身した姿はまるっきり違う。

 それにグリフォンの魔族の人って、吸血鬼の魔族みたいに牙とか長い爪とか全然ないもの。

 ケイトさんとライさんっていつもギスギスしてて仲が悪いと思ってたけど、あれはケイトさんがグリフォンであるライさんを警戒していたせいだったのね。


「まあ怖いなら仕方ないかあ。国によっては、王様が他種族狩りを推し進めてるトコもまだあるくらいだしね。驚かせてごめんね、お姉さん」


 きっと彼からしたら散々な目に遭ったというのに、青い髪の彼は屈託なく笑った。

 少しも責めてくる様子のない相手に慌てたのか、ケイトさんはあわてて立ち上がる。


「いや、ワタシの方こそすまない。キミは手負いだというのに。痛かっただろう」

「大丈夫だよ。こんなケガ、ツバつけとけば治るって」


 そういえばケガしてたんだった!

 よく見てみると、コートの袖が少し赤く染まっている。

 もう、わたしったら何をぼーっとしていたのかしら。


「た、大変! 血が出てるっ」

「大丈夫、かすり傷だから。こんなのへーきだよ」

「だめよ。あなた狼に襲われていたんでしょう!?」


 にこにこと笑う彼の袖をつかんで、わたしは精霊かれらに呼びかける。


雪精スノウ、おねがい」


 雪があるところなら必ずいる下位精霊。真白いウサギの姿をしてる彼らはわたしの呼びかけに応えてくれた。

 彼の腕に淡い光が集まって、少ししてからすうっと消えていく。


「とりあえず血は止まったから、街に戻ってちゃんとお医者さまに診てもらってね。獣の牙はちゃんと処置してもらわないといけないって聞いたことあるし」

「そっか、分かった。ありがと!」

「どういたしまして。それより、あなたはどうして遺跡の近くに?」


 便利のいい王都から離れたこの場所にいるってことは、彼も調査に来たんだろうか。

 ふと疑問に思って尋ねると、彼は「あっ」と突然声を出した。


「自己紹介まだだったね。オレはガルディオ・レッドライン。この島にいにしえの竜の巣穴があるって聞いて、最近グラスリードに来たんだ。えっと、キミは?」

「ティア。ティア・フェラー・ファーニヴァルよ」

「ワタシはケイト・ナルヴァリスだ。この方はグラスリードの王女殿下で、依頼により彼女の護衛をしている」

「ええっ! キミ王女さまなの!?」


 目を丸くして驚かれてしまった。

 お城から一歩も出たことないわたしも、街で生活している人たちに会ったのは思えば初めてかも。王族って普通は街に出て行かないものね。


 頷いてみせると、彼——ガルディオくんは目をぱちぱちさせた後、顔を綻ばせる。


「うわぁ、王女さまに会ったの初めて! 握手してもいい? あっ、でも敬語で話した方がいいのかなあ」

「敬語じゃなくてもいいよ。それにわたしは、いま正確には王女じゃないんだし……」

「え、どういうこと?」

「ううん、なんでもない。わたしのことは好きに呼んで。わたしもガルくんって呼んでもいい?」

「もちろん!」


 ハイテンションな割に、ガルくんはやんわりとした力で手を握ってくれた。

 相手に合わせて力を加減してくれてるあたり、優しい性格なのかもしれない。


「お前ら、ナニ騒いでんだ?」


 腕を組んで前を見据えていたハウラさんが、わたしたちが狼にそっちのけで盛り上がってる風に見えたのか首を傾げてこちらを見ていた。

 彼女の肩にとまってるララは相変わらず震えていたみたいだけど、パニックはだいぶ落ち着いてるみたい。


 もしかしてハウラさんは狼とクロの戦況を見守ってくれてたのかな。


「お嬢、見てみろよ。ようやくクロのヤツ、最後の一匹を仕留めるところだぜ」


 にぃっと白い歯を見せて笑ったあと視線を前に戻す彼女に倣って、わたしも前方を見る。

 言葉の通り、クロは狼に覆いかぶさって喉もとに噛み付いているところだった。


 狼はすでに絶命しているようだった。傷口から、そして開いた口の中から、どす黒いモヤが出てきて空中に大きく膨れ上がっていく。


「な、なにあれ!?」


 そういえば墓地で狼に襲われた時も似たようなモノを見たような。


 ハラハラとした気分で見ていると、クロは黒いモヤを睨みつけるやいなや、バクッとソレに噛み付いた。


「ええ!?」


 こうして驚いているいまも、はぐはぐと口の中に入れ続けるクロ。あっという間に黒いモヤをすべてがなくなり、咀嚼したあと、ごっくんと飲み込んでしまった。

 ごっくん、と。


「ちょっと、クロ! そんなもの食べたらお腹こわすよ!!」


 雪に足を取られながらも、大慌てで黒犬のもとへ走り寄る。

 当の本人(本犬?)はきょとんと首を傾げて、のんきに黒い尻尾をぶんぶんと振っていた。


『姫さま、走ると転びますよ?』

「それどころじゃないでしょう。そんな、身体に悪そうなもの食べたりして! 今すぐ食べたもの出しなさいっ」

『大丈夫ですよ。これは狼達を凶暴化させていた呪いの源、なので』

「——のろい?」


 ぽかんと口を開けてたら、後ろの方で笑い声がした。

 振り返ってみると、そこにはお腹を両手でおさえて身体を震わせるハウラさんの姿。大きな声でおかしそうに笑っている。


「だからさ、言っただろお嬢。クロの魂と融合したソイツ、チャーチグリムは呪いを食う魔物なんだって。いわばオレ達で言う主食みてえなもんなんだぜ?」

「そ、そうなの?」


 クロを見ると、彼はこくりと首肯した。


『呪いを食するのは我が使命だと、この身体も言っています。具合が悪くなるどころか、前より活力がみなぎってくる感じです!』

「それなら、いいけど……」


 チャーチグリムってアンデッドの一種だって、ハウラさんも言ってたものね。

 普通の人や動物とは身体のつくりも違っているのかもしれない。


「さて、と。邪魔者たちも片付いたことだし、早速魔石採掘と行こうぜ」


 リュックを背負い直して、ハウラさんは目を輝かせ口角を上げる。頷いてから、彼女の後に続いた。


 いよいよ、いにしえの竜の巣穴へ。

 中は一体、どうなっているのかしら。

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